小倉正男(経済ジャーナリスト)


 「一寸先は闇」、江戸期から謡曲などで使われていたとされている。だが、おそらくは戦国期にはすでに用いられていたという見方もある。先の大戦後は、政界で「寝業師」といわれた川島正次郎(自民党元副総裁)らが「政界、一寸先は闇」と使っていたとされる。

 何が起こるか分からない。思ってもいない最悪のことが起こる。「一寸先は闇」にはそうした含意が込められている。「一寸先は闇」は、危機管理というか、有事管理(クライシスマネジメント)と親和性がある言葉にほかならない。

 有事の危機管理では、勃発した事件や事故対応の基本なのだが、「情報収集」が極めて重要である。最近では、「知見」という概念も使われるが、これは経験・体験を経たうえでの情報(インテリジェンス)ということになる。この情報収集というものも傍目には簡単に見えるのだが、意外なことにそう簡単ではではない。

 事件や事故も、現在進行形で動いており、知見を含む情報を正確に捉えるのは案外難しい。実際、事態がどう転がるか、明日、明後日の先行きすらも定かではない。そのような極限状態でも、不祥事など事件、事故を起こした(企業などの)当事者は、情報を自分に都合のよいようにしか取り入れない。

 一般的に人間は誰しも自分に甘いから、情報というものをどうしても自分に都合よく解釈する傾向がある。情報収集そのものが難しい。加えて情報の理解・解釈で齟齬(そご)が生じる。

 「最悪の想定」というものも簡単なようで簡単ではない。危機管理では、最悪の想定をするのが必須要件なのだが、これも当事者が自分たちの都合をどうしても優先させるから例外なくといってよいほどできるようでできない。日本では、不祥事を含む事件、事故で成功した危機管理はほとんどない。

 菅義偉(すが・よしひで)首相は、この通常国会で施政演説を行った。11都府県に「緊急事態宣言」再発令という状況の中であり、施政演説では菅首相の看板である「新型コロナ対策と経済との両立」というワードは一切使われなかった。「コロナと経済との両立」という持論を菅首相がにわかに修正したわけではないが、およそ1万1000字の演説では“封印”されたわけである。

 「コロナと経済との両立」は、安倍晋三前首相時に発令された緊急事態宣言(2020年4月7日~5月25日)の解除に合わせて表明された政策である。「withコロナ」、コロナと共存しながら経済活動を行う、という「新しい生活様式」が突然提案された。コロナを徹底的に抑え込んだ確証はなかった状況だけに唐突な感じを受けたものである。

 「コロナと経済との両立」は、いわば用意された国の既定路線だったとみられる。この両立モデルでは、コロナ再燃のリスクや不安を払底できないが、ともあれ経済活動を再開して倒産、失業などによる社会的な不安を除去することを優先。「経済が持たない」「新型コロナよりも自殺者の増加に目を向ける必要がある」―。そうした要因を重視したわけだが、事実上コロナ封じ込めより経済活動を優先するという面が否定できない。
衆院予算委に臨む菅首相=2021年1月25日
衆院予算委に臨む菅首相=2021年1月25日
 緊急事態宣言の総括、コロナの状況、経済の状況、コロナ特措法などの問題点、さらには国や地方自治体の財政状況などの説明、先行きなどについては明らかにされなかった。「コロナと経済との両立」という重要政策は、その必要性、リスクを含めての問題点などはほとんど語られることはなかった。