アメリカのバイデン政権にとって、パリ協定への復帰や同盟国との関係改善はそれほど難しくはないだろう。4年前までのアメリカに復帰すればいいからだ。しかし、中国との関係は違う。トランプ政権の4年間で、アメリカ人の対中国感情はかつてなく悪化した。そして、それは間違ってはいない。それ以前のアメリカが、経済的な結びつきを重視して目をつぶってきた中国の問題にアメリカ国民が気づいたことは、中国という国を世界秩序のメンバーとして受け入れるために必要な変化だった。だからこそ、バイデン政権は、そうやすやすとは中国と「和解」するわけにはいかない。日本にも深く関わる新しい米中関係について、ニューヨーク在住ジャーナリスト・佐藤則男氏がリポートする。
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 ニューヨーク・タイムズのコラムニストであるニコライ・クリストフ氏は、アメリカ・ジャーナリズムの最高の栄誉であるピューリッツァー賞を2回受賞している一流のジャーナリストである。ただし、日本にとっては目の上のタンコブのような存在でもある。徹底して尖閣諸島は中国の領有権を認めるべきだと主張しており、日本政府は同氏とニューヨーク・タイムズに抗議を繰り返してきた。

 ただし、クリストフ氏は必ずしも中国贔屓というわけではない。習近平・国家主席による独裁体制や、共産党による一党支配については批判的で、しかし中国とアメリカが対立することは世界にとって百害あって一利なしであるというのが氏の主張の骨子だ。

 そのクリストフ氏は最新のコラムで、米中関係は難しい局面を迎えているが、米中戦争が起きる可能性はほとんどないだろうと予測している。日本人にとっては様々な捉え方がある話だとしても、このコラムの示唆することは重要だと思う。同氏は、米中戦争は起きないけれど、中台の小規模な軍事衝突は起き得ると語る(〈〉内は著者抄訳。以下同)。

〈それは、アメリカ人がほとんど聞いたことのない小さな島で始まるかもしれない。台湾によって実効支配されているが、習近平が台湾に圧力をかけるために侵略を試みる可能性はある。あるいは、台湾と世界をつなぐインターネットの海底ケーブルを切断するために潜水艦を送り込むかもしれない。台湾の石油供給ラインを封鎖するとか、金融システムにサイバー攻撃を仕掛ける可能性もある。いずれも可能性は低いとはいえ、過去数十年では最もリスクが高まっているだろう。それはアメリカにとって、キューバ危機以来、他の核保有国との間で最も危険な対立になるだろう。〉

 そのうえでクリストフ氏は、バイデン政権にとって中国問題は非常に扱いにくいと予測する。それは、香港での抑圧的な政策や、ウイグル族に対する「大量虐殺」など人権問題に関して妥協できないからだ。それは多くの専門家が同意していることだし、筆者も同じように考える。民主党政権は概して人権問題に敏感であり、貿易不均衡に怒ったトランプ政権とは別の理由で、対中強硬姿勢を崩せなくなるだろう。

 クリストフ氏は、それは共和党にとって絶好の攻めどころになると指摘する。

〈バイデン政権のプリンケン国務長官は、同盟国との友好関係を再構築したうえで、それでもなおトランプ政権の中国に対する厳しいアプローチは継続すると表明した。それに対して共和党は、中国問題こそバイデン政権の脆弱性だと見なしており、「北京バイデン」とあざ笑う者もいれば、テッド・クルーズ上院議員は「チーム・バイデンが中国共産党を受け入れた」と非難している。〉

 この指摘は重要だ。トランプ氏が共和党に遺した「遺産」のひとつは、中国へのかつてない強硬な政策だ。それは中国の経済発展によって職を奪われたオールド・エコノミーの票を獲得するための戦略ではあったが、それによって中国の人権問題が多くのアメリカ人に知られることになり、バイデン政権はそれを無視できなくなった。野党となった共和党は、今度は中国の人権侵害を問題にすることで、バイデン政権が中国と融和できなくする縛りをかけることができる。
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
 それは米中が長く冷え込んだ関係になることを意味する。それは東アジア情勢にとっても必ずしも良いことではない。クリストフ氏はこう提言している。

〈習主席と中国を分けて考えよう。前者を批判し、後者を悪魔と見なすことはやめるべきだ。バイデン大統領にとって、ミッチ・マコーネル共和党上院院内総務と話すことは習主席と取引するよりずっと簡単だ。中国の人権問題や不誠実を批判するのはいいが、気候変動や薬物汚染、北朝鮮問題では中国と協力できるはずだ。我々が旧ソ連との冷戦で学んだスキルを活かすべき時である。〉

 クリストフ氏は中国に寛容な立場のジャーナリストだが、いわゆる「親中派」というわけではない。民主党と共和党が対中政策の厳しさで競えば、政権を担う民主党が厳しい立場に追い込まれることは必定だ。かといって米中が決定的に対立すれば、第二のキューバ危機を招きかねない。その舞台はキューバではなく東アジアになるかもしれないのだ。バイデン政権には、中国と「正しい冷戦」を維持しながら軍事的緊張を回避し、改革を促す技量が問われている。

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