両陛下の長女、敬宮(としのみや)愛子さまに皇位継承権がなく、皇室の周りを固め、いざとなれば皇位継承者を出すはずの「宮家」は、戦後ほとんどが廃止されている。愛子さまや、秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまと次女、佳子さまは結婚すれば皇室離脱し、「宮家」を創設できない。将来、皇室は天皇・皇后両陛下のみという事態も容易に想定できる状況だ。

 この問題への対応策は「女性天皇」「女系天皇」を認めることである。小泉純一郎政権時代に私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が設立され、議論された。「だって、このままじゃ皇室が滅びるでしょ」的な、シンプルでリアリスティックな小泉元首相の意向が反映され、2005年11月に「家族観や社会における男女の役割分担などをめぐって、国民の意識や制度にさまざまな変化が生じてきていることも考慮する必要がある」として、「女系」容認の可能性を示唆する報告書が提出された。

 しかし、その後、秋篠宮家に悠仁さまという皇位継承者が誕生したことで議論が停滞し始め、保守派が支持する第1次安倍政権が登場して議論がひっくり返された。「女性・女系天皇」は否定されてしまったのである。

 「昭和の保守派」たちが主張する、「天皇は『万世一系』であり、皇統連綿の一糸の『男系』によってが存在してきた。だから『万世一系』『男系』でなければならない」という日本の文化は理解できる。しかし、皇室は滅亡に向かうしかないという現実に対して、どういうお考えをお持ちなのだろうか。

 日本オリンピック委員会(JOC)前会長の竹田恒和氏と作家の恒泰氏の「旧竹田宮」親子のような「旧宮家」を再興すべきと主張がある。テレビで「(6世紀ごろに豪族の大伴金村が)応神天皇の5世孫を現在の福井県で見つけ出し、第26代継体天皇として即位させたことで男系の皇位継承が守られた」という話まで持ち出していた人がいて苦笑した。これを現代に当てはめれば、「宮家再興」により昨日まで民間人だった方を皇位継承者にして「〇〇宮さま」と呼ぶということだろうが、国民には非常に違和感がある。女性皇族が結婚後に宮家を立てて皇室に残る「女性宮家」の創設や、女性・女系天皇を認めるかどうかの議論をするほうが、はるかに現実的で、国民の理解を得やすいはずだ。

 英国王室は、女性の王位継承にこだわりがないのは言うまでもなく、実に4千人以上の王位継承権を持つ人がいる。王室は欧州の他の王室と政略結婚を繰り返しているため、オランダ王室など、他国にも英国の王位継承権を持つ人がいる。

 もちろん、英国と日本では背景が違いすぎて参考にならないのは言うまでもない。それでも一つだけ指摘すれば、王室の血統とは、ありとあらゆる手段を使って維持に努めるものだということだ。それに比べて、「昭和の保守派」たちの主張は、あまりに「伝統」にだけこだわっていて、本気で「皇室の血統」を守ることには全くと言っていいほど無頓着のように見える。本当に皇室を守りたいか、非常に疑わしく思えてしまうのである。

 最後に、森氏のような「昭和の保守派」たちが憧れる「昭和」とは、そもそもどんな時代だったかを考える。端的にいえば、昭和というのは単純な時代で、頭を使わなくても済む時代だった。毎年、税収が増えて、国民のどんな要求に対しても何の苦労もなく、いくらでも予算をつけられる時代だったのだ。そんな時代のやり方を、何の反省もなく現在も続けている結果が、若者の将来につけ回される巨額の財政赤字ではないか。

 この「昭和」という時代を作ったのが、東西冷戦期の米国の世界戦略だった。米国が「世界の警察官」を務め、「世界の市場」となった。それは旧ソ連と中国の共産主義ブロックに対抗するための戦略だった。米国は、共産主義の拡大を防ぐための地政学的な拠点を同盟国とし、米軍を展開して同盟国の領土を共産主義の軍事的脅威から防衛すると同時に、海軍を世界中に展開して、同盟国のエネルギー資源確保も保障した。

 また、同盟国の貧困が共産主義のまん延につながらないように、同盟国を工業化し、その製品を米国市場に大量に輸出させることで経済成長させた。冷戦終結後は、旧共産圏など世界中の新興国も米国市場への輸出で豊かになり、中国に劇的な経済成長をもたらした。
米空軍横田基地で恒例の友好祭が開かれ、オスプレイの見学には大勢の観客が列を作った=2019年9月、東京都福生市(酒巻俊介撮影)
米空軍横田基地で恒例の友好祭が開かれ、オスプレイの見学には大勢の観客が列を作った=2019年9月、東京都福生市(酒巻俊介撮影)
 米国が築いた国際社会の中で、最も恩恵を受けたのが日本だったのはいうまでもない。日本は、自由主義圏と共産圏によって南北に分断された朝鮮半島に近接し、アジアにおいて共産主義ブロックと対峙(たいじ)する前線だった。米国は、日本を「高度経済成長」させることで、共産主義に対抗するフロントラインとして機能させようとした。

 そもそも、日本が先の大戦を始めた最大の理由は、資源と市場へのアクセスを確保するためだった。日本は米国に完膚(かんぷ)なきまでにたたきのめされたが、戦後はその米国から、元々の望みをはるかに上回るものを提供された。その上、米国から自力では到達しえない完璧な安全保障を提供された。これは「奇跡」だったのである。

 つまり、自分たちの力で何を成し遂げたわけでもないのに、自らを「成功者」と勘違いした「昭和の保守派」が日本の社会、政治、経済をいまだに牛耳っている。後に続く世代に「昭和の経験」を絶対的な価値観として押し付け続けていることこそが、コロナ禍で明らかになった、日本が世界のIT・デジタル社会の進歩から取り残されてしまった本質的な原因なのである。

 最後に、新しい時代を担うことになる若者たちに言いたいことがある。それは、「昭和の保守派」たちが語る成功体験を一切聞くなということだ。繰り返すが、昭和の高度経済成長というのは米国に守られ、米国に食べさせてもらった「奇跡」であって、その時代に生きた人たちが努力をして成し遂げたというのは、完全な勘違いなのである。