2021年02月27日 18:32 公開

トム・ベイトマン

株式会社ポケモンの石原恒和社長は、六本木の中心にあるオフィスで、壁いっぱいの世界地図に向かって座っていた。

ポケモン帝国の主要ビジネスであるゲーム、アニメ、トレーディングカードゲーム、アプリゲーム「ポケモンGO」が全て展開している国には、赤いピンが留めてある。

地図は一面、赤いピンだらけだ。

「ポケットモンスター」、通称ポケモンは、日本で8ビットのビデオゲームとして始まった。モンスターをポケットサイズのボールで捕まえ集めていくこのゲームは、文化的な大ヒットにまで成長した。

メディア・フランチャイズとしての市場価値の規模は、「ハリー・ポッター」シリーズと「スター・ウォーズ」シリーズを合わせたよりも大きい、史上最大だと推測する調査もある。

ポケモンの歴史は2月27日に25周年を迎えた。その25年の間に、世界中で様々な熱狂を巻き起こしてきた。著名人がトレーディングカードに何百万ドルも支払うこともあれば、貴重なポケモンを捕まえるために何万キロも歩く人まで現れた。

英語圏で「Pokémania(ポケマニア)」と呼ばれている一大現象を振り返った。

世界進出は考えていなかった

ポケモンの始まりはささやかなものだった。開発を担当するゲームフリークは元々、東京でビデオゲームのミニコミを発行していた。

最初のゲーム開発にも携わった石原社長は、「開発には7年かかりました。良くできたゲームなので必ず売れると思ったし、2本作ったのでそれぞれ100万本ずつ売れると思っていました」と当時を振り返った。

石原さんの予測は正しかった。1996年2月27日、ポケモンの最初の作品である「赤」と「緑」がゲームボーイ向けに発売された。それぞれのバージョンにしか登場しないモンスターが存在し、通信ケーブルでゲームボーイ同士をつなぎ、手持ちのモンスターを交換するというアイデアは広く受け入れられた。

一方で、「英語版を作ってアメリカやヨーロッパで売ろうという商品では、全くなかった」と、石原氏は言う。

「テキストを読ませて、アクション性もなく、ターン制のバトルがあるゲームは、アメリカの子どもの間では、はやらないと言われた。あまり期待はできないと言われました」

初の英語版のポケモン「レッド」と「ブルー」は、北米で1998年に、欧州では1999年に発売された。その後、シリーズは「ピカチュウ」、「金」、「銀」、「クリスタルバージョン」と続いてく。

「全世界で結果として7600万本が売れた。その時には本当に驚きましたね」と石原氏は語った。

ポケマニアの襲来

石原さんは、困難だったローカライズ作業も成功の一部だったと話した。北米ではゲームよりも先にアニメが放送されていたため、遅れてやってきた英語版ゲームへの期待が高まっていたのだ。それがさらに、トレーディングカードへの需要を高めていったという。

「シリーズが続いていき、メディアも広がっていく中で、ポケモンは社会現象になりました」

2000年代前半、ポケマニアの熱狂は頂点に達した。サウジアラビアなどでは、法学者がシオニズムや賭博を奨励しているとしてポケモンを禁止するファトワー(宗教的見解)を発表。一方、西洋ではメディアがぞっとするような「ポケモンカード犯罪」について書き立てた。

こうした報道の中には真実も含まれている。イングランドでは8歳の男の子が地元ラジオ局に電話し、貴重なシャワーズのキラカードと妹を交換しようとして大問題になるという事件があった。

ポケモンバトルで世界に羽ばたく

こうしたポケマニアの波はその後、なりをひそめたものの、ポケモンそのものが消えることはなかった。

2008年にWiFiに対応したゲームが発売されると、ファンは突如、世界の誰とでもモンスターを交換したり、バトルしたりできるようになった。

アーロン・ゼンさんは2013年、弟にポケモンバトルを教え、ポケモンの世界大会「ポケモンワールドチャンピオンシップス」での優勝に導いた。現在はYouTubeでポケモンバトルを解説するチャンネルを開設している。

「2008年にまだ子どもだった頃、たくさんの人がWiFi経由でポケモンバトルをしているのを見ていました。それがYouTubeで爆発的に増えたんです」

このチャンネルがきっかけで、ゼンさんはポケモン公式戦のコメンテーターを務めるようになり、地元のニューヨークのみならず、オーストラリアやブラジル、イギリスでも仕事をするようになった。

「ポケモンのすごいところは、世界的なゲームだということ。大都市に行けばポケモンを通じて知り合った人が誰かしらいて、すれ違うこともある。それがすごいと思います」

16日と7時間45分30秒

2014年2月12日、配信サービス「Twitch(ツイッチ)」のとあるチャンネルが、ある実験を始めた。

「Twitch Plays Pokémon(ツイッチがポケモンを遊ぶ)」と題されたこのチャンネルは、英語版の「ポケモン・レッド」を映し出していた。いわゆる実況動画と違ったのは、視聴者がツイッチ内のチェットにコマンドを入力することで、ゲームを進行できるという点だった。

eスポーツの専門家でもあり、ツイッチの開発トップでもあるマーカス・"djウィート"・グレアムさんは、「ツイッチは完璧なプラットフォームだったと思います。動画があり、チャットがある、こういう試みにはぴったりでした」と語った。

「配信者が準備した『コマンドを投げてくれ、それをゲームに打ち込むから、どんなカオスになるか見てみよう』というシステムは完璧にはまりました」

そのカオスは目を見張るものだった。プレイヤーは膨れ上がり、何千人もが同時にあれをしろこれをしろと、さまざまな指示をゲームに投げかけた。

「Twitch Plays Pokémon」は数日のうちにトレンド入りし、多くのメディアに取り上げられた。ツイッチによると、ピーク時には12万人以上が同時にコマンドを書き込んでいたという。

プレイヤーがあまりに多すぎて、ゲームそのものが中断することもあった。ある場面では、主人公が何度も崖から落ちてゲームが10時間近く停滞した。また、ゲーム内のメニュー画面でさまざまなボタンが押された結果、最も愛されていたポケモンが「逃がされ」てしまい、二度と戻ってこないという事態も起こった。

それでも16日と7時間45分30秒をかけて、「Twitch Plays Pokémon」は無事にゲームをクリアした。述べ116万人がゲームに参加し、900万人以上が視聴した。

使われたゲームが「ポケモン」だったことも成功の一因だろうと、グレアムさんは言う。参加者は懐かしさにひたりながら、慣れ親しんだキャラクターたちと共に、モンスターを捕まえて各地のボスを倒すというシンプルなゴールを目指した。

「この実験にまつわる爆発的な人気と注目は、それがポケモンだったというのが大きな要因だと思う。ある意味、完璧な嵐だった」

ポケモンGOは「エイプリルフールのジョークから」

数百万もの人がツイッチでポケモンを遊んでいる中、ある日本人エンジニアがエイプリルフールの企画を練っていた。

野村達雄さんは当時、グーグルでグーグルマップの開発に関わっていた。子どもの頃からポケモンファンだった野村さんはこの2つを合わせることを思いついた。エイプリルフールの日限定で、グーグルマップ内にポケモンを隠し、ユーザーに探してもらうという企画だ。

野村さんは今回、この記事の取材に応じていない。

「野村さんは小さい頃にポケモンの赤緑で遊んでいて、チートをするのが好きだった。そこで覚えたコンピュータへの興味からグーグルに入ったそうです」と、ポケモンGOの開発にゴーサインを出した石原社長は語った。

「そこからグーグルマップのチームに入って、やがてポケモンGOの開発に携わりました」

野村さんはその後、グーグル傘下のゲーム開発会社ナイアンテックにポケモンGOのディレクターとして合流している。

仮想現実(AR)技術を使ったこのアプリゲームは瞬く間に大成功を収めた。プレイヤーは現実の街を歩き回ってポケモンを探し、スマートフォンの画面越しに捕まえたり、バトルしたりする。

kyarorinaという名前の日本人プレイヤーは、職場で開かれたウォーキング大会をきっかけにポケモンGOにはまったという。

「歩くという目標が、レアポケモンを追いかけて全て捕まえたいという執念に変わりました」と、kyarorinaさんは話す。

実際の数字が、その執念の全容を物語る。2016年7月に日本でポケモンGOがサービスを開始して以来、kyarorinaさんが歩いた距離は3万1000キロ。アイテムなどを回収できるポケストップは100万カ所以上訪れた。

2019年には世界で初めて、ゲーム内で100万匹のポケモンを捕まえた。

「最近は毎日8~10時間プレイして、1日に2000匹ほどポケモンを捕まえます。今月末には200万匹を達成できると思いますし、その時はツイッターで発表します」

ポケモンGOの人気はその利益と比例している。サービス開始から5年後の2020年、同アプリの売上高は10億ドル(約1060億円)に達した。ポケモンGOは無料でプレイできるが、アプリ内でのアイテム購入や、企業にゲーム内の地図に企業名を表示させる権利を売ることで収益を得ている。

ポケモンGOについて共著のある文化人類学者のネリコ・ドーアさんとデブラ・オッチさんは、このゲームはポケモンが幅広い層に人気がある証拠だと指摘する。そしてそれこそが、ポケモンそのものの成功のカギだと話した。

ドーアさんは、「ポケモンGOは外出好き、散歩好きの人に人気が出ました。ポケモンを集めるだけで楽しいという人が出てきて、そこから非常に熱心な人が出てきた」と語った。

次の25年は?

25周年を迎える間近の2021年2月、ポケモンはまた世界のニュースメディアをにぎわせた。YouTuberのローガン・ポールさんが、ヴィンテージ化したポケモンカード6箱を200万ドルで購入したと発表したのだ。

ポールさんはSNSで、「僕は最近ポケモンカードにはまった。世界中の熱狂的なポケモンファンとシェアできるのが楽しみだ」と語っている。

戦後のコレクターズ文化の専門家トレイシー・マーティンさんは「ポケモンカードはつねに高い値段で取引されている」と語った。

「ノスタルジーに起因している部分もあれば、もちろんレアリティー(希少性)も関係していますが、ポケモンはなお現在進行形です。子どもから大人まで人気がある現象で、それがコンテンツの力強さの主な要因です」

一方で石原社長は、「ポケモンカードを発売した時には、そのように扱われるとは思っていませんでした」と話した。石原さん自身もポケモンカードに登場しているが、昨年にはこのカードが5万ドルで取引されている。

では、石原さんが次の25年にポケモンに期待することは何だろうか?

この質問に石原さんは、赤いピンに彩られた地図を見上げながら、「世界を征服したいですね」と答えた。

追加取材:白石早樹子(BBCニュースジャパン)

(英語記事 Monsters, mania and the unstoppable march of Pokémon