2021年03月04日 11:36 公開

プリーティ・ジャ、BBCニュース

大学教員の井上麻里さん(34)は、3年前に臼居浩太郎さんと婚約した。しかし、結婚はあり得ないと言う。

2人の結婚を阻んだのは、新型コロナウイルスのパンデミックではない。結婚したカップルが同じ姓を名乗ることを義務付けている、日本の古めかしい法律だ。

理論上は、それまでの姓を諦めるのは夫でも妻でもどちらでも構わない。しかし実際には、女性が姓を失うことが圧倒的に多い。女性が姓を変更するケースが全体の96%に上るという研究もある。

井上さんは「とても不公平だと思っています。(お互いの姓を残すという)選択肢があるべきです」

婚約者の臼居さんもこれに賛成だ。臼居さんは自分が井上姓に変わることも検討したが、家族の反対を受けたという。

「どちらの家族も悲しませたくありません。姓を変えるかそのままにするか、選べるようにしてほしい」

夫婦の別姓を認めていない先進国は日本だけだと言われている。国連の委員会は、日本の法律が明らかに女性を差別していると指摘している。

この法律を変えようとした2件の訴訟が注目されたが、6年前に失敗に終わった。しかし井上さんと臼居さんのように、改革を求める動きは高まるばかりだ。

古くからの闘い

姓は昔から、議論されてきた。

ソフィー・クーロンボー博士の著書によると、英イングランドでは1605年頃には、結婚した女性が自分の姓を保持したいと思うのは節度のない「野望」と思われていた。

この男性優位の慣行に異議を唱えた人は強い抵抗を受けたものの、1800年代後半には、裁判でこの権利を勝ち取る人も出てきた。

アメリカでは、女性の参政権運動家たちが同じような闘いをしていた。数々の裁判を通じ、1972年にようやく、女性が自分の姓を自由に使うことが認められた。

それから40年以上がたち、日本でも多くの人が転換点を待ち望んでいた。

小国香織さんは、夫婦同姓の規定は「男女平等の権利を保障した憲法に反し」、人権を侵害していると政府を訴えた原告の1人だ。

しかし日本の最高裁は2015年、ひとつの家族はひとつの姓を使うべきだとして、小国さんらの訴えを棄却。19世紀に作られた民法規定を支持した。現在は外国人と結婚した日本人のみがこの規定の適用外で、結婚後の別姓を選択できる。

小国さんは結婚した後も、旧姓の「小国」を非公式に使い続けている。

「(判決を聞いて)傲慢な教師に叱られているような気分になりました。裁判所が個人の権利を尊重してくれると期待していたのに」

しかし裁判官は代わりに、選択的別姓制度は「国会で論じ、判断するものだ」と述べた。

日本の政界は、他の職場と同様、男性が圧倒的に多い。たとえ家の外で雇用されていても、子育てや家事は女性の役割だという強固な文化的期待感がある。性差別は蔓延(まんえん)している。

世界経済フォーラム(WEF)の2019年報告で、日本のジェンダー・ギャップ指数が153カ国中121位ときわめて低いのも、決して意外ではない。

日本政府は縮小する労働市場に女性の参画拡大を求めるとは言っているものの、WEF報告では前回の2018年から順位を11下げており、実際には男女格差は広がっているようだ。

「社会的な死」

東京のPR企業で働く井田奈穂さん(45)は、2018年に「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」を立ち上げ、法改正に向けたロビー活動を続けている。

奈穂さんは、記事内で2度目以降は姓でなく名前で呼ばれることを希望している。その奈穂さんにとって、結婚を機に姓を変えることは「(女性の)従属の証明のように感じる」ことだという。

「井田」というのは実は、前夫の姓だ。前夫は1990年代に結婚した際、奈穂さんの姓を名乗るのは恥ずかしいと言ったという。前夫の両親も、奈穂さんの両親も、姓を変更するべきなのは奈穂さんの方だと同意見だった。

「新しい姓に侵害されているような気分でした」と奈穂さんは話す。

奈穂さんは長年、井田姓で著作を発表するなどしていたため、この姓を仕事で使い続けることには諦めが付いた。しかし再婚によって、望まない3つ目の法的な姓を無理強いさせられている。

「姓が変わることを喜ぶ人もいますが、私には社会的な死のように思えます」と、奈穂さんはBBCに語った。

変化の兆候

昨年に菅義偉氏が首相に就任した際、奈穂さんのような活動家は一瞬、希望を抱いた。菅氏はかつて選択的夫婦別姓を推進する立場だったからだ。

しかし12月になると、日本政府は第5次男女共同参画基本計画の内容を後退させ、「選択的夫婦別姓」の文言を削除した。

高市早苗・元内閣府特命担当大臣は今年に入り、夫婦別姓は戸籍に基づく社会構造を破壊する可能性があると話した。

つい先週も、丸川珠代・男女共同参画担当相が、選択的夫婦別姓に反対するよう地方議員などに呼びかける書状に名前を連ねていたことが明らかになったばかりだ。

米ミドルベリー大学で日本研究を行っているリンダ・ホワイト教授は、日本では「夫の姓を名乗りたくないと考えている女性は、核家族だけでなく、家族という概念そのものを崩壊させるもの」と大勢が受け止めていると指摘した。

ホワイト教授は、同姓の世帯を基準とする日本の伝統的な戸籍制度に言及。これが政府から大企業まで、あらゆる場所で男性優位社会が保たれている要因だと話した。

日本社会そのものは、変化を受けれようとしているように見える。最近の複数の世論調査では、夫婦別姓を認めるべきだという人が過半数だ。

昨年10月に陳情アクションと早稲田大学が共同で行った調査では、回答者の71%が夫婦別姓を選択できるようにするべきだと答えた。

こうした変化の中、現在9件の訴訟が動いている。5人の原告のうち4人が女性だった前回とは違い、ほぼ全ての訴訟に男性が関わっている。

そこには、この議論を女性の権利やフェミニズムではなく人権としてとらえようとする意識的な戦略があるようだ。

訴訟を主導している榊原富士子弁護士(67)は、「これは個人のアイデンティティーや自由以上の問題です。女性だけでなく、男性にも同じくらいの影響があることを示したい」と話した。

今回の原告18人のうち、半数が男性だ。その中にはサイボウズの代表取締役社長、青野慶久さんもいる。青野さんは結婚した際に妻の西端姓を選んだが、その後も青野姓を通称として使っている。

元公務員の山崎精一さん(71)は、カップルのどちらかが姓を変えなくてはならないのは不公平だと考え、パートナーと38年間、事実婚をしている。

山崎さんは、次の世代にその選択肢を与えたいと同時に、「高齢者にも需要があることを示したい」と話した。

最高裁は昨年12月、夫婦別姓を認めないのは憲法に違反すると訴えた3件の家事審判を、長官と判事の15人全員がそろう大法廷で審理すると発表した。今回は新たな結論が出る兆しではないかと、弁護団は期待している。

奈穂さんも、男性優位の常識を終わらせる闘いで、男性が共闘することの意義を認める。

「男性が声をあげたことが、大きな変化をもたらしました」

姓の持つ役割

名前の変更がキャリアに与えるデメリット。改革を望む女性の多くが、これを理由として挙げる。姓を変えた後いくつもの公的記録の変更手続きをしなくてはならない負担も、書類手続きが重要視される日本社会では問題となっている。

姓を変えたくないという理由で結婚していないカップルも問題を抱えている。たとえば日本の病院では、パートナー同士は法的に結婚していなければ相手の治療などへの決定権がない。

しかし多くの女性にとっては、究極的にはアイデンティティーの問題だ。

広島の麻酔科医、恩地いづみさん(65)は、自分の姓を取り戻すために離婚した。こうした手法は日本で「ペーパー離婚」と呼ばれており、恩地さんと夫はその後も一緒に暮らしている。

「それが私、それが私のアイデンティティーなんです」と恩地さんは語った。

恩地さんもこの件について訴訟を起こしている1人だが、一方で法律が改正されたとしても、実際に別姓を選択する女性は一握りだと思っているという。

制度が変わっても、日本の女性の大半はイギリスやアメリカと同様、結婚を機に男性の姓を名乗るだろう。

2児の母のサトウ・ミヒコさん(仮名、20代後半)は、結婚によって夫の姓に変わったことは、家族として「より一つになる」ための「自然な」選択だったと語った。

これにはイギリスの既婚女性の多くも賛同するはずだ。2016年の調査では、女性回答者の90%が結婚を機に元の姓を捨てていた。

ジェンダーに関する考え方が広がり、フェミニストを自認する女性が増える中、姓の変更を義務付ける慣習が残っていることに驚く研究者もいる。

一方で、それが当たり前だと思っている多くの日本人からも、選択を狭める理由に伝統を持ち出すべきではないという意見が出ている。

サトウさんは、「誰もが自分の姓を選ぶ権利を持つべきです」と語った。

(英語記事 The couples accused of destroying Japan's families