メディアでも、知識のないコメンテーターや門外漢の知識人らが、各々の感情や空気に合わせ、科学や事実に基づかない論調で過剰に恐怖をあおっている。それによって感化された一部の国民が自粛警察やマスク警察信者となり、他者への危害や風評被害を生み出している。

 その結果、医療従事者をはじめ現場で社会を支えている人々が犠牲になるという構図は、先の大戦のときと変わっていないのではないか。

 個人的な体験を話せば、私の祖母はどういうわけか原爆手帳を持っていた。広島から遠く離れた周防大島(山口県)の小さな集落に暮らす祖母がなぜそんなことになったのか。

 それは息子が宇品の海軍倉庫で働いていたのである。8月6日には、広島の方向から大きなキノコ雲が上がるのが周防大島からも見えたという。祖母は、被爆直後の広島になんとかたどり着き、息子を探し回った。

 そんなファミリーヒストリーを持つ家族は、広島近郊には数多くいるらしい。空気の支配の結果、地獄を見ることになるのは、怏々(おうおう)にして地をはっても生きていこうとしている人々である。それは、コロナ禍でも同じかもしれない。

 話を原発に戻そう。皆さんは、津波が福島第1原発を襲う映像をご覧になったことがあるだろうか。当時の映像を見ると、あの日は空が暗く、白く高く砕け散る波頭が見える。

 そこで気づくのは、原発の敷地だけが海面近くで、周囲は高い崖になっていることである。およそ20メートルほどあるかと思えるのに、なぜ原発だけが低地にあるのか。

 それは建設の際、ぎりぎりまで掘削し掘り下げたからである。冷却のための海水を取り込むのには、低い方が効率がよい。建設当時は経済優先、利潤追求が時代の空気であり、津波のリスクは顧みられなかった。

 だが、震源から最も近い女川原発はどうだったのかというと、まったく無傷であった。女川では福島とは逆にかさ上げをして、原発は高い位置に建設してある。
宮城県の東北電力女川原発2号機=2020年8月21日
宮城県の東北電力女川原発2号機=2020年8月21日
 なぜなら、当時の東北電力の幹部がそうさせたからだ。彼は仙台市の浪分神社の近くで生まれた。この神社は内陸数キロまで津波が進入したことから、その名の由来があるという。数百年ごとに巨大な津波が来るというのはサイエンスである。だが、空気の支配に流されれば、その代償は大きい。

 震災から10年。そしてコロナ禍という新たな未曾有の災害の中で、われわれは「空気の支配」「科学の軽視」という過ちを、今後も繰り返さないと言えるだろうか。