清義明(フリーライター)

 今年2月末に判明した愛知県の大村秀章知事に対するリコール(解職請求)署名偽造問題は、収束どころかその余波はとどまる兆しが見えない。とりあえず今後は、刑事事件として司直の手に委ねられることが間違いなさそうだ。

 そもそもこの発端は、愛知県と名古屋市の共同プロジェクトである芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」において、昭和天皇の肖像を焼却する映像イメージが一部分収録された作品や従軍慰安婦像などの展示が行われ、これが右派の方々の逆鱗(げきりん)に触れたところから始まる。

 この芸術祭の芸術監督である津田大介氏(ジャーナリスト)が仕込んだ挑発的なアートイベントが予想以上の波紋を広げてしまい、そして連鎖的に実行委員会トップの大村知事と名古屋市の河村たかし市長とのバトルまでもが巻き起こった。

 高須クリニックの高須克弥院長と河村市長がどのような経緯で問題となった愛知県知事のリコール運動に関わっていき、さらにはリコール運動の代表と「応援団長」になったのかは、まだ不分明だ。

 なぜなら2人とも、このリコール運動を「首謀」したのは自分たちではないと言い合っているためだ。そうした中でリコール運動の不正問題が発生した。

 もともと不正が発覚したのは、ボランティアでリコール運動に関わっていた右派の有志が、ひょんなことから大量の偽造署名の存在を知り、それを告発したことから始まっている。

 大村知事のリコールには賛成するものの、ひきょうな手を使うことは良しとしないボランティアの告発により発覚したこの問題は、すでに左右の思想の立場を超えたものとなっている。

 これらの告発をした有志の方々は高須院長から裏切り者扱いされた末に、偽造署名を取り除いたことを窃盗だとして、まったく不思議なことに高須院長によって刑事告発までされている。では、元凶は誰なのだろうか。おそらくは、ほどなくしてその実態は分かってくるだろう。よってここでは触れない。

 さて、この愛知県知事のリコールの署名問題や、同時期に行われたカジノを含む統合型リゾート施設(IR)誘致をめぐる横浜市長のリコール署名などの経緯を見ていくと、地方自治の直接請求制度の根底に構造的な問題があるのではないかと思わざるを得ない。

 地方自治における直接参加の民主主義のシステムが時代遅れになってしまっていて、それがこの署名偽造問題の背景になっているのではないだろうか。

 まずは直接請求制度の基本的なシステムについて軽く説明したい。この制度は、条件を満たせば強制的に首長の解職や議会の解散を行うことができる。ただし、その仕組みは複雑である。

 愛知県知事のリコールでも勘違いしている人がいるようだが、このリコールのための署名といわれているものは、正確には「リコールそのものを決める」署名ではない。「リコールの可否を問う住民投票を行うことを求める」署名である。

 よって、実際に地方自治体の県知事や市長などが解職されるまでには、2段階の署名と投票行為が必要となる。1段階目の署名でまずリコールのための住民投票を行うことを決め、そして2段階目で初めてリコールを決める住民投票が行われるのだ。

 さらにこの署名の数が問題だ。リコールのための住民投票の実施を求める署名は、有権者の3分の1が必要とされている。この3分の1というのは、人海戦術でボランティアなどが一人ひとり自署を集める仕組みを考えれば、大都市の場合だと非現実的かつ実現困難な数字になる。
_愛知県の大村秀章知事のリコールを求める署名を選管に提出する「高須クリニック」の高須克弥院長(右端)=2020年11月、名古屋市千種区役所
愛知県の大村秀章知事のリコールを求める署名を選管に提出する「高須クリニック」の高須克弥院長(右端)=2020年11月、名古屋市千種区役所
 例えば東京都で、都知事をリコールするために署名を集めるとすると、約1100万人(2020年6月実施都知事選の有権者)のうちの3分の1は約380万人だ。そんな膨大な署名数を一人ひとり集めていかねばならない。しかも対面で本人が書き、そこには自署も押印も必要なのである。

 さすがにこの380万人という数字は非現実的といえるのではないかということで、地方自治法第76条第1項では、ある一定の有権者数を超える地方自治体はその数が緩和されることになっている。

 この緩和された数で東京都の首長のリコールに必要な署名数を計算すると、約150万人の署名が必要になる。