これを愛知県にあてはめて計算すると、有権者数は約610万人で必要署名数は約87万人分。横浜市だけでも有権者数約310万人で必要署名数は約49万人分にものぼる。これを対面で集めていくというのは並大抵のことではない。

 そして、この数を人海戦術で集める期間はわずか2カ月間である。署名を集める人は「受任者」と呼ばれているが、これも事前登録が必要だ。ここまでくると政党レベルかそれ以上の組織力がなければ、大都市だとリコールのための署名数は事実上不可能ともいえる。

 この署名の法定数が集まった後に、今度は自治体の選挙管理委員会(選管)によって第2段階の本格的な住民投票が行われ、ここで過半数を取ることでやっと解職となる。

 このような膨大な署名を対面で集めなければならないために、これまで大都市と呼ばれる自治体でリコールが成立したケースはあまりない。自治体の首長がこのようにして直接請求でリコールされたのは、地方の町長や村長がほとんどである。

 なお、唯一の例外といえるのは2010年の名古屋市議会の解散請求で、これは画期的なことだった。そのときのリコール運動を主導したのは、河村市長である。河村市長は大都市でのリコール運動の成功事例の経験とノウハウがある第一人者と言うこともできる。

 もっとも河村市長いわく、今回の愛知県知事リコール運動は応援団にすぎず、リコール運動のノウハウがある河村市長の選挙事務所のスタッフも今回のリコールの実務からどういうわけか遠ざけられていたという。

 そうすると、あまりにも幼稚といえる偽造方法の数々も、リコール運動のノウハウを知った河村市長のスタッフがいなかったから…という理解もできなくはないが、まだこちらはやぶの中。実態が明らかになるまで待つことにしよう。

 このように、現在リコールの直接請求制度であると大都市ではそれが成立することは難しい。しかし地方の市町村では規模が小さいため、活発に直接民主制が機能するときもある。

 2000年以降の実績では、リコール署名と住民投票の末に解職された市町村の首長は、群馬県富士見村長(03年)、滋賀県豊郷町長(同年)、長崎県香焼町長(04年)、福井県鯖江市長(同年)、香川県三野町長(同年)など、18人がリコールされている。

 最近では昨年、群馬県草津町の女性町議が現市長から性的な被害を受けたと訴えたことに対し、それが虚偽であるとの理由などで町議に対するリコール運動を逆に起こされ、署名と住民投票ともに成立して失職するという一件があった。

 このように、規模が小さい市町村ではそのリコールに至る理由は別として、比較的直接請求が機能しているといえる。ところが、その小さな市町村ではまた別に問題がある。

 「徳島みたいな小さい町などでは、誰それが署名したとか(署名集めのボランティアである)受任者をやっているというのは仕事に直結してしまうんです。(署名に協力したら)仕事出さんぞとか、そういうことになりますから」

 このように語るのは、現在徳島市の内藤佐和子市長に対するリコール運動を準備している「徳島の未来を守る会」の担当者が筆者の取材に答え、その問題点を教えてくれた。

 この団体は、最年少女性市長ということでも話題になり、昨年4月に就任した内藤市長が保育園施設の整備事業を取りやめたとしてリコールを目指している。

 この団体の担当者によると、小さな町や村では首長やその支持政党などとの利害関係があるため、それが知られてしまうと、近所づきあいのレベルから仕事の取引まで影響が出てくる可能性があるということだ。
_林文子・横浜市長のリコールを目指した署名活動の結果を報告する市民団体「一人から始めるリコール運動」の広越由美子代表(左端)ら=2020年12月、横浜市
_林文子・横浜市長のリコールを目指した署名活動の結果を報告する市民団体「一人から始めるリコール運動」の広越由美子代表(左端)ら=2020年12月、横浜市
 そのため、この徳島の未来を守る会では、受任者の個人情報もPマーク取得企業(個人情報の取扱いが適切であると認定された企業)にそのまま委ねて管理してもらう予定なのだそうだ。これだと確かに、個人情報が漏れるリスクは少なくなる。

 しかし、署名が集まり自治体の選管に提出したあと、署名の原本は有権者に公開され、誰でもこれを閲覧することができる。これを縦覧制度という。

 「署名の縦覧制度だけはなんとかしてほしいですねえ」と、同会の担当者はため息をつく。「バレたらどうしようと不安に思っている人はいますから…。田舎だと特にしり込みしますよ」と、不安げに話した。