徳島市はかつて地方自治制度を利用した署名と住民投票により吉野川可動堰計画をストップさせた歴史もあり、その他も含めて直接請求は過去何度か行われ、成功している。

 そういうことから直接請求にはある程度の理解がある自治体ともいえるが、それでもやはり個人情報という面には不安があるということだ。

 署名の縦覧制度とは、集まった署名を選管が審査した後に、住民の請求により7日間閲覧させる制度である(地方自治法74条)。これによれば、集められた署名は「予めこれを告示し、且つ、公衆の見易い方法によりこれを公表しなければならない」とされている。そのため、住民であれば誰でも署名を見ることができることになる。

 ただし、個人情報保護の観点からだろうが、この縦覧をどのように行わせるかについては地方自治体ごとの解釈がそれぞれちがう。

 例えば横浜市選管に聞いたところだと、署名を閲覧できるのは自分の名前が記載された署名用紙だけとのことで、署名簿全体を請求されても、特段の理由がなければお断りするとのことだ。自治体の署名の縦覧の規定を見ても、そのようにしているところは多い。

 だが、そうでないところもある。というか、そちらのほうが地方自治法の規定には忠実であったりする。

 調査報道のNPO法人「インファクト」によると、愛知県は署名の縦覧については署名簿全体を見ることは拒否する方針だったが、のちに管轄省である総務省との協議の結果、全体の閲覧を可とする判断をしたという。

 インファクトも、これについて個人情報保護の観点から疑問のある措置としている。また、署名簿が閲覧された結果、その署名を取り消すように働きかけなどがあった事例を挙げている。実際、第三者による「誰が署名したか分かるんだぞ!」というような署名活動の妨害行為はよくある話だそうだ。

 高須院長や河村市長のこれまでの行状に対してリコール反対派の立場の人々から、「署名活動に参加した人の県の広報で個人情報が公開される」だとか、「受任者の引き受けた人の個人情報が県の広報で公開されている」という趣旨のことを著名なリコール反対派のお三方らがツイッターで発信した。

 すると高須院長はこの3者を選挙妨害として、愛知県警に地方自治法違反罪で刑事告発した。確かに、この3者のツイッターでの発言は事実関係としても正確ではなく、残念ながら勇み足としか言いようがない。署名者と受任者の情報は縦覧期間には確かに公開されるが、県の広報には掲載されない。さらに掲載されるのは受任者ではなく、限られた請求代表者のみである。

 これが事実関係としても間違っているばかりではなく、個人情報がバレるから署名に行くなというのは事実としてその危険性を伝えたとしても、よくあるリコール署名つぶしと同じことをやっていることになる。この辺は、3者とも慎重になってほしかったと思う。

 愛知県知事のリコール運動が進むにつれ、高須院長やその支持者の間では陣営内にスパイがいるなどの発言が繰り返されるようになり、挙げ句に「事務所に盗聴器があった」との発言まで出てきた。

 これが本当なのかは明らかではないが、過剰な情報統制やボランティアが票の集計などの運営から遠ざけられていたこともあり、何かを隠しているのではないかと疑う向きもある。
愛知県の大村秀章知事のリコール運動を巡る、署名偽造のアルバイトが集められた貸会議室がある建物=2021年2月、佐賀市
愛知県の大村秀章知事のリコール運動を巡る、署名偽造のアルバイトが集められた貸会議室がある建物=2021年2月、佐賀市
 大量の偽造署名の存在を告発した右派有志も、この点を昨年の段階から指摘しており、この情報統制や秘密運営の影で何かが行われていたのではないかとの見方もある。

 偽造署名についても、提出された約43万の署名のうち8割以上が不正なものとされている。そうすると30万以上の署名がリコール事務局の関与なしに持ち込まれることは不可能であり、そのような事情から秘密主義でスパイなども疑うような厳戒態勢になっていったのではないかという声もある。

 だが、直接請求の署名運動に携わる人から言わせれば、実際に署名運動を妨害する目的で反対勢力が介入することは大いにあり得るとのことだ。