「愛知のリコールみたいにネットで人集めしして、ガバガバな運営をしてると反対勢力が入ることはありえますよね」と話すのは、前述のリコール運動の担当者である。

 「例えば、受任者にしても大量に反対勢力が入り込むこともありえます。そうすると過大な受任者が集まったのに、それが署名活動を実際にしなければ、それだけで署名活動を混乱させることもできます。わざと偽造した署名を紛れ込ませることもできるでしょう」とのことだ。

 スパイがいるかもしれないと連呼していた高須院長だが、こうした話を聞くとあながち的外れでもない。

 愛知県のリコール署名で最もあからさまな問題になっているのは、河村市長によれば名簿業者から買ってきたのではないかとされるどこからか調達してきたリストを元に、大量の署名をアルバイト動員して偽造した件だ。

 正直、こんな幼稚なことは考えればすぐダメと分かるものだろうと思うのだが、ここには事情を知っている人だけに分かる裏がある。これについて念のため横浜市の選管にも聞いてみたが、やはり事実だった。

 署名の審査に際して、基本的に選管は筆跡鑑定のようなことはやらないのである。チェックするのは、選挙人名簿に照らし合わせて、名前と住所と生年月日が正しいものかチェックし、あとは印章やそれの代わりになる母印があるかどうかだけ。その必要条件が満たされていれば、それ以上は特に審査の対象にしないという。

 逆にこの必要項目に関しては、誤字や住所の誤表記なども含めて厳格に確認するそうだ。ちなみに、前述の2010年の名古屋市議会リコール運動では、集めた署名約46万筆のうち、4分の1にあたる11万筆がこれらの条件を満たさない不備署名とされた。

 さすがにこれは厳しすぎるのではないかということで、多少の住所の誤記や書類提出上のミスなどは、署名縦覧期間に訂正されて有効扱いされたという経緯もある。なお、このときは署名の不法な偽造ということは問題にされていない。

 この署名の有効とれさる要件さえ厳格に守っていれば、筆跡と押印はチェックされないという事実を知っていたものが、今回の署名偽造を行ったのではないかという予測ができる。だが、今回はさすがに露骨にやりすぎた。

 河村市長は偽造が選管で分かった理由を、筆跡うんぬんで偽造が明らかになったというよりは、住所表示があまりにも整然としており、住民基本台帳や選挙人名簿などのように住所表示の通りに抜けなく整然と並んでいたからではないかと述べている。

 もちろん、これまでにボランティア有志から告発までされていたわけであって、しかも「いくらなんでも」というような、あからさまな偽造であるだけに、さすがに選管も偽造と認めざるを得なかったというのもあるだろう。

 ちなみに高須院長は、不正と思われる署名でもそのまま選管に提出することを厳命したと自らツイッターで語っていた。有効か無効かを判断するのは選管だという理屈である。

 そして実際に提出した後に、「不正があるため調査する」と選管が動き出すと、今度は署名を調査する権限は選管にはないと不思議な主張をした。こうした高須院長の行動はまったく不可解なのだが、この辺の理由も後に全て明らかになるかもしれない。

 そのほか署名の情報管理や、河村市長も認める受任者の名簿が違う目的で利用されている件も問題ともいえる。しかし、もうそれ以上にこの直接請求における署名制度が前時代的なものになっているのは間違いなかろう。
愛知県選管の調査を受けて会見するリコールの会=2021年2月4日、愛知県庁
愛知県選管の調査を受けて会見する高須院長=2021年2月4日、愛知県庁
 「この制度自体、もうどんづまりなんですよ」と語るのは、徳島の未来を守る会の担当者だ。

 そのどんづまりの直接請求制度の盲点を利用したのが、今回の愛知県知事を巡るリコールにおける偽造署名なのである。こうした現状を踏まえれば、やはり根本的にこの制度を見直すことが必要ではないだろうか。

 もちろんリコールが乱発されて、地方自治が機能不全になるのは困るが、これだけネットが普及し、今や印鑑も廃止されようと政府が取り組む時代である。今後、直接請求制度はさまざまな見直しが行われることになるだろうし、そうでなければならないとも思う。