それでも、私はマーガリンを食べたくない



 FDA(米食品医薬品局)は、6月17日付の報告書において、トランス脂肪酸には「安全な基準値は無い」と結論づけました。トランス脂肪酸の摂取量はゼロであることが望ましく、「摂れば摂るほど直線的に心疾患の発症率は上がっていく」としたのです。

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 「直線的には上がらない」「○○グラムまでならば問題ない」など数々の反論がある中、この結論は少々、断定的すぎるようにも見えます。一方でFDAは、心疾患のほか、がんや糖尿病、アレルギーや認知症など他の病気とトランス脂肪酸との関連性については明言を退け、「はっきりと関連性が認められるのは心疾患のみ」という判断もしました。 

 ここで、気になるのは、2003年にWHO(世界保健機関)とFAO(国際食糧農業機関)が提唱した「トランス脂肪酸は1日の総摂取カロリー量の1%未満」という国際基準値です。数々の論文を解析し、専門家の意見を総合した結果として、「安全な基準値は無い」と言い切ったFDAは、言ってみれば、国際基準に物申した形。10年以上も前に定められた国際基準は無効であり、「もっと厳しい基準が必要なのだ」と主張していることになります。

 アメリカの決定を受けて、今後、国連機関がトランス脂肪酸の評価の見直しを行うのか、各国がトランス脂肪酸に関するより厳しい規制を始めるのかはわかりません。しかし、アメリカは、食品添加物や農薬など、他の有害物質については他国よりも緩い基準を用い、自国の産業を保護してきた国です。アメリカがトランス脂肪酸に限ってこのような判断を下したのは、まさに驚きとも言えます。

「米英脂質戦争」が勃発?


 合成着色料に合成甘味料、農薬に防カビ剤、発色剤、成長調整剤——人間が人工的に作り出した「便利で体に悪い食べ物」はたくさんあります。他の物質に関する禁止運動も多い中、トランス脂肪酸に「3年以内に全廃」という白羽の矢があたったのは、まさにお気の毒さまとも言えなくはありません。しかし、「安全である」とは断定できず、あのFDAが「安全値などない」と言っている以上、「マーガリンはなるべくやめておこうかな」という気にはなります。

 こうなってくると知りたいのは、マーガリンなどトランス脂肪酸の多い油の代わりとなる油の方。特に、トランス脂肪酸という言葉を耳にするようになるずっと前から悪いと言われているバターの危険性はどうなのでしょうか。

 昨年3月、イギリスのケンブリッジ大学を中心としたグループが、一流医学雑誌に面白い研究報告をしました。英国心臓財団等からサポートを得て、70以上もの脂質摂取に関する論文を解析した結果、「不飽和脂肪酸(バターに多い)と心疾患の発症に相関関係は見られなかった」というものです。しかも、「不飽和脂肪酸を植物油に置き換えたところで心疾患の発症リスクは下がらず、バターを控えて植物油を摂ろうという今の脂質栄養ガイドラインは根拠に乏しい」と結論づけました。

 長らく「バターは体に悪い」と教えられ、バターたっぷりの美味しい食べ物を禁止されてきたアメリカで、メディアがこれに食いつかないはずがありません。「バターが帰ってきた!」「バターは健康的な食品!?」といった見出しがメディアをにぎわせました。

 もちろん、イギリスのグループも「だからバターを摂り放題」と言ったわけではありません。しかし、米国心臓病学会と米国心臓協会は、2013年の秋、「飽和脂肪酸と心疾患との間には強い相関関係がある」との結論を改めて出したばかり。FDAとWHOを巡る「トランス脂肪酸(マーガリン)論争」もさることながら、専門家の間で起きている「米英飽和脂肪酸(バター)論争」も混迷気味なのです。

 ちなみに、このイギリスの論文でも、数ある良い脂質・悪い脂質について検討した結果、トランス脂肪酸だけは、「心疾患のリスクをあげるもの」としてはっきりしていると結論づけています。また、最近、「体によい脂質」として注目されている魚油・エゴマ油などの「オメガ3系不飽和脂肪酸」については、摂れば摂るほどよいというはっきりした証拠は得られていないとしています。

「それでも気にしたい人」はどうしたらいいのか


 農林水産省のウェブサイトにもあるように、日本の専門家の間では「日本におけるトランス脂肪酸の摂取量は少ないから気にしなくていい」という議論が以前から主流です。先日、FMラジオのJ-Waveにゲスト出演し、トランス脂肪酸についてお話したのですが、担当ディレクターの方は、5年前に同じテーマを取り上げた際もゲストの専門家は同じ結論だったと言っていました。最近では、「日本でも加工食品への使用量は減っているから規制は要らない」「肉や乳製品など自然の食べ物の中にも少量含まれるから気にしても仕方ない」などの意見がありますが、FDAが「安全値は無い」とし、世界中の専門家が「体に悪い」とお墨付きをつける中、やっぱり、私は可能な限りトランス脂肪酸を摂りたくはありません。

 私のように「まったく摂らないとは言わないが、少しでも健康に気をつけたい」と思う多くの消費者にとって、専門家の意見はもっともであるものの、少々、パターナリスティックにも聞こえます。日本では日本動脈硬化学会が、「コレステロール」「飽和脂肪酸」とともに「トランス脂肪酸」の栄養成分表示を義務化するよう声明を出していますが、私も、消費者が安心し、納得して商品を選べるよう、少なくともこれだけは早期に実現することを望んでいます。

 では、現状では、どんな食品をどうやって食べることで、脂肪分を取ってくのがベストなのでしょうか。「ココナッツオイルは肌にいい」「エゴマ油は認知症を予防する」など、私たちも新しい謳い文句を日々耳にしますが、今まで一般的でなかった油についての信頼性の高い大規模データがあるとは思えませんし、いくら「体にいい」と言われても、魚油で作ったパンやお菓子はあまり食べる気がしません。

 私だったら、どうするのか。たとえば、油を使ったパンを食べるのであれば、マーガリンではなくオリーブ油を使ったものを選ぶようにします。揚げ物はショートニングを使っているようなファストフード店では食べず、自宅で植物性の油で揚げ、日頃から肉よりも魚を食べるようにします。「オリーブ油も植物油も体に良くはない」という議論はありますが、摂るのであればできるだけ「黒」が確定しているトランス脂肪酸以外の脂質を摂っていくというスタンスです。バターは賛否両論の飽和脂肪酸を多く含むだけでなく、件のトランス脂肪酸も含まれていますので、やはりたくさんは摂りたくありません。ただし、ビタミンなどの栄養価が高く、風味も良いので、摂取量に気をつけながら時々は食べるでしょう。

 また、次々に登場する「体にいい」といわれる油ですが、こちらは薬ではないので、私は積極的には摂りません。やりがちなのは、普段油を使わなかったような食べ物にまで何でもかんでもココナッツ油を塗りつけることや、ドレッシングに使っていたオリーブ油をエゴマ油に変えて頻繁にサラダを食べるようになることで、かえって脂質の総摂取量が増えること。もちろん私も流行りの油は試してみたいですが、値段も張るし、「熱に弱い、光に弱い」と、他の油と置き換えるには使い道が限られ、総摂取脂肪量を変えないまま、効果が感じられるほどに摂取するのは大変そう…。

 大事なのは、ひとつの食品の中にいい脂質も悪い脂質も同時に含まれる場合が多いことを理解し、トータルで見てより健康的な油を、必要に応じて選んでいくことです。また、体にいい油も悪い油もカロリーは同じであるのを念頭におくことも重要です。トランス脂肪酸たっぷりのマーガリンも、オメガ3に富んだエゴマ油も、小さじ1杯で27キロカロリーあることはお忘れなく。

i Chowdhury R., et al, Association of Dietary, Circulating, and Supplement Fatty Acid With Coronary Risk, Annals of Internal Medicine, vol.60, no.6, pp.398-408.

むらなか・りこ 医師・ジャーナリスト。医師・ジャーナリスト。東京都出身。一橋大学社会学部・大学院卒、社会学修士。その後、北海道大学医学部卒。WHO(世界保健機構)の新興・再興感染症対策チーム等を経て、医療・科学ものを中心に執筆中。