2021年03月29日 11:46 公開

ミャンマーで国軍によるクーデターに抗議した市民100人以上が殺害された27日夜、軍幹部は国軍記念日の祝宴を開いた。市民の虐殺について、12カ国の国防担当制服組トップがミャンマー国軍を非難するなど、国際社会では強い反発と非難の声が高まっている。

国軍記念日の27日、各地の抗議集会ではクーデター発生以来最悪の死傷者が市民の間に出た。アメリカは治安当局が「恐怖の支配」を実施していると非難したものの、国軍のミンアウンフライン総司令官は同日夜、記念日を祝う華やかなパーティーを開いた。国軍記念日は、1945年の抗日武装蜂起にちなんだもの。

国営テレビが放送した会場の様子がソーシャルメディアで拡散。ミンアウンフライン総司令官をはじめ軍幹部が白い制服に黒い蝶ネクタイ姿で、にこやかに赤いじゅうたんの上を歩いたり、晩餐用の大きなテーブルに着席している様子が見えた。

この映像はソーシャルメディアで反発を呼び、ビルマ人活動家のマウン・ザルニさんは「世界の皆さん、私たちミャンマーはもはやマ・ア・ラ率いる武装ギャングを、自分たちの軍たちと呼ばないし、そう認識していない。我々は連中をネピドーのテロリストと呼ぶ。国民が圧倒的に同意するこの見解を尊重してもらいたい。このテロリストたちは晩餐会でタキシードを着ている」とツイッターで書いた。

https://twitter.com/drzarni/status/1376097069220388866


国軍記念日の式典には通常、各国の駐在武官が出席するが、今年はロシア、中国、インド、パキスタン、バングラデシュ、ヴェトナム、ラオス、タイの8カ国代表のみが参加した。

祝宴に先立ち、国軍は軍事パレードを実施。ミンアウンフライン総司令官は演説で、「民主主義を護持」したいと述べつつ、「暴力行為」に警鐘を鳴らした。

12カ国の制服組トップが異例の声明

前日の市民殺害を受け、28日にはイギリスや日本を含む12カ国の軍や自衛隊の幹部が、異例の共同声明を発し、ミャンマー国軍の暴力行為を非難した。

自衛隊の山崎幸二統合幕僚長アメリカのマーク・ミリー統合参謀本部議長のほか、オーストラリア、カナダ、ドイツ、ギリシャ、イタリア、デンマーク、オランダ、ニュージーランド、韓国、イギリスの国防担当制服組トップが合同で、「プロの軍隊は国際規範に沿って行動し、仕える人々を傷つけるのではなく、守ることがその任務だ」と強調した。

イギリス政府はさらに、ミャンマー国内にいるすべてのイギリス国民に対して、「できるだけ速やかに出国するよう」強く呼びかけた。英外務省はこの出国勧告は、「3月27日に暴力が大々的に悪化した」ことを受けてのものとしている。「それ以前は、ミャンマーに留まるべき喫緊の理由がないなら出国するよう、勧告していた」と、英外務省は説明している。

ミャンマー国軍は27日、国内40カ所以上で市民に向けて発砲した。主要都市ヤンゴンで数十人が死亡したほか、北部カチンから南部タニンダーリに至るまで、全国的に死者が出ている。

アメリカのアントニー・ブリンケン国務長官は、この日の犠牲者数から「軍部はごく一部のために、大勢の命を犠牲にする」ことが明らかになったと非難。ドミニク・ラーブ英外相は「最悪が更新された」と述べた。

アントニオ・グテーレス国連事務総長も、「非常にショックを受けた」と語り、国連のトム・アンドリュース特別報告者は緊急サミットの開催を呼びかけている。

しかし、国連安全保障理事会の常任理事国で拒否権を持つ中国とロシアは、ミャンマー国軍をこれまで非難していない。このため、国連安保理を通じた対応は困難とみられている。

葬儀でも発砲か

28日には前日のデモ鎮圧で命を落とした人たちの葬儀が相次いだ。

マンダレーでは、前日に撃たれて死亡したキャウウインマウンさんや、4人の子供がいるエイコーさんなどを弔う葬儀が行われた。

エイコーさんの親族はAFP通信に対して、「近所の人から聞いた話だが、エイコーは撃たれて、そのまま炎の中に放り込まれたそうだ」と話した。「家族の稼ぎ手は彼だけだった。そのエイコーがいなくなり、家族にとってとてつもない喪失だ」。

ロイター通信は複数の目撃者の話として、ヤンゴン近郊のバゴーでは20歳の学生の葬儀で治安当局が発砲したと伝えた。

「彼のために革命歌を歌っていると、治安部隊がいきなりやってきて私たちを撃ち始めた。私たちもみんな走って逃げた」と、参列していた女性は話した。被害者の報告は今のところないという。

27日にデモ鎮圧で大きな被害が出たマンダレーやヤンゴンでは、28日には大規模な抗議行動はなかったものの、北部カターや北部ティーボーなどで抗議集会があったという。

政治囚支援協会(AAPP)によると、28日には12人の死亡が報告されている。


<解説> 死傷者の中には子供も―――モウミイン、BBCビルマ語

14歳のパンエイピューさんの母親は、軍の部隊が通りを自宅へ向かってやってくる音を耳にしてただちに、家の扉をすべて閉ざした。急いだものの、間に合わなかった。気がつけば、血まみれになった娘の体を抱きしめていた。

「娘が崩れ落ちるのを見て、最初はただ何かに滑って転んだのだと思った。けれども続いて、娘の胸から血が噴き出した」。ミャンマー中部メイッティーラから、この母親はBBCビルマ語に話した。

27日の殺戮(さつりく)はあまりに無差別で、その分だけ衝撃的だった。戦場用の武器を手にした治安部隊は、通りで見かけた者は誰でも、手当たり次第に撃つつもりだったようだ。

ここまで残虐になれるのだと、軍は身をもって示した。クーデターが起きて以来、軍の暴力性は一気に別次元のものになった。

軍部も民主化勢力も、どちらも手を緩めるつもりはない。軍は国民を威圧し恐怖に陥れることで「安定と安全」を実現できると考えている。しかし、若者たちが先頭に立つ運動は、ミャンマーから軍部の独裁をこの際あとかたもなく追い出してしまおうと決意を固めている。

増え続ける死者の数を数え続けるのはつらい。特に、命を落とす子供の数は。


(英語記事 Myanmar coup: Generals celebrated amid global fury over massacre