メディア発信を強化

黒田 慰安婦問題で新たな外交決着案を考えることに、日本の世論が「またか」と懸念するのはこれまでの経緯からすると当然だと思います。ただ今後、さらに問題が蒸し返されて第四次、第五次決着という事態になっても仕方がないと思う。外交は相手があることですから。韓国は実にやっかいな相手ですが。

武藤 これまでとの違いを明確にしたうえで決着させることが大切です。第一次、第二次は韓国政府から言われてやったという側面があった。しかし、挺対協には多くの事実認識の誤りがあり、第二次決着も妨害した。そのことを日韓双方で確認したうえであれば、第一次、第二次とは質的に違う決着が可能ではないでしょうか。

 ここまで日韓関係が悪化した以上、いったん関係を見つめ直して新たな次元のものにしていくべきです。この本の趣旨もそこにあります。日本が言うべきことは言い、韓国にもすべて自分が正しいと考える姿勢を改めていただく。いまのままでは対立は収まらないし、日本としても納得できません。

 彼らには自分たちの主張が国際社会では評価されていないと悟ってもらうことが大切です。だからこそ、挺対協の誤りを各国に理解してもらう努力が必要になってくる。今度の安倍総理のワシントンでの上下両院合同会議の演説は、韓国が要求していた慰安婦問題での謝罪はなかったのに、おおむね好意的に評価されていますね。

黒田 ええ。韓国マスコミは批判の声ばかり伝えてましたが。

武藤 中国でさえ、韓国のような大々的な批判は避けている。韓国は慰安婦問題で、朴槿惠大統領を先頭にいわゆる「告げ口外交」をあちこちでやって、各国を自分の味方に引きずり込むことで日本に圧力をかけようとしてきました。しかし、それが効果を上げていないことが分かれば、自らも姿勢を見直すでしょう。

黒田 日本側の主張が韓国でなぜまったく理解されてこなかったのか。私は以前から、日本政府や外務省のアピールや取り組みが不十分だと思っていました。韓国を刺激してはいけないという事なかれ主義に日本の過去の対韓外交は縛られていた。

武藤 外務省も日本の立場を主張してきました。しかし、韓国は自分たちよりの発言をする、いわゆる「良心的日本人」の言うことを取り上げ、一方的に日本は誤っているとの論理を作り上げますから、馬耳東風なのです。

黒田 しかし、その日本の事なかれ外交もすでに過去のものになったと思います。一つは民主党政権が政治主導を言い出して、外務省から外交の主導権を奪ったうえで、財務大臣だった安住淳氏が「対韓制裁」という言葉を使いました。日本の政府高官が韓国に「制裁」という言葉を使ったのは歴史的に初めてですよ。

 そして現在の安倍政権になって、対外発信に予算を随分とつけるようになった。韓国メディアでは最近、日本が対米世論工作やロビー外交に力を入れていて、韓国の脅威になっているという報道が目立ちます。俺たちも負けずにやるべきだというんですね。

 ですから、政治の姿勢は明確に変わった。官も、武藤大使の時代から、韓国のメディアに対して言うべきことは言うようになったのも確かですしね。

武藤 ええ、報道内容に事実関係の誤りがあれば、きちんと指摘するよう取り組んできました。ただ、訂正記事が載ることはなかった。反論を載せろといっても応じなかった。そこで大使館のホームページに載せたりはしました。ただ、論評記事は言論や報道の自由の範疇ですからコメントはしませんでした。

 メディアに抗議しても直接的な効果はあまりなかったのかも知れません。ただ、うるさいなとは思われたでしょう。それが報道の自制を促すよう今後も強化していくべきです。メディアだけではなく、有識者に対してもいろいろと言い講演でも言いましたが、「大使は全て韓国が悪いと言うのか」という反発が返ってくるだけでした。

黒田 分かります(笑い)。今回の安倍首相のアメリカ議会上下両院合同会議での演説も、早く韓国語にして韓国社会に発信すべきではないでしょうか。英語と日本語はあっても韓国語がない。それから昨年政府が公表した河野談話の作成経緯の検証報告書も韓国語で発信していただきたい。報告書を韓国の普通の人が読めば「日本も一生懸命やってきたんだ」と分かるはずです。

武藤 非常に重要な指摘ですね。外務省に言っておきます。ホームページに載せてもいい。

黒田 河野談話の検証報告書には、61人がアジア女性基金の償い金を受け取ったことも掲載されていますしね。これは韓国人にはぜひ知らせるべきです。

武藤 その点がもっと大きく報道されれば良かったと思います。

意図的な「日本隠し」こそ歴史歪曲

黒田 大使がこの本で強調されている一つが、国交正常化以降、日本が韓国に対して行った協力が韓国ではまったく知られていないという問題です。

武藤 黒田さんの本を少しクオートさせていただきました(笑い)。

黒田 その点は昔から大使と意見が一致しています。彼らが知らないふりをするなら、日本がアピールして韓国民に知らせるしかない。日韓の国交正常化50年は、先日のオバマ大統領ではありませんが「お互いさま」の歴史であり、韓国にとってもプラスがあった。その事実が韓国社会に知られていたら、日本は非情な国で過去をまったく償ってないという誤解や反日感情は生まれなかったかもしれません。

武藤 私は1975年に韓国に行き、韓国語研修のあと大使館で経済協力を担当しました。当時、日本は請求権・経済協力協定に基づくもの以外にも、毎年の定期閣僚会議を通じて新たな経済協力を実施していました。しかし、他の国々の協力は報道されましたが、日本の協力は報道されませんでした。あってもベタ記事程度。

 私は、国務総理や外交通商部長官らに大使離任の挨拶をしたときに、こう言って回りました。「私はなにも韓国に感謝しろと言うつもりはない。ただ日韓関係を改善させたいなら、日本が韓国に対して誠意をもって向き合ってきたことを韓国の人々に知らしむべきではないか。それは韓国の国民感情を和らげ、対日外交をやりやすくするはずだ」。みな嫌な顔をしていましたね。

黒田 このほど外務省のホームページで、戦後の日本のアジア各国への協力がアジアの発展に寄与したことを説明する「戦後国際社会の国づくり:信頼のおけるパートナーとしての日本」という約2分間の広報動画を、韓国語を含む10カ国語で流し始めたところ、すぐ朝鮮日報が「新たな歴史歪曲だ」と1ページもの特集を組んで非難キャンペーンをしました。さきほど日本の経済協力が「知られていない」と言いましたが、実態は「日本隠し」です。韓国は意図的に隠してきた。日本の支援・協力を否定することこそ歴史歪曲ですよ。

 そのことが分かるのが、教科書の記述です。約10種類の高校の近・現代歴史教科書のうち、日本の経済協力に触れているのは1点のみ。それも1行です。しかも保守派の教科書だとしてバッシングされ、採択したのは全国約2400校のうち僅か3校です。

 しかし実は、ある種の過去の償いの象徴である日韓国交正常化時の対日請求権資金、無償借款3億ドル、有償借款2億ドルの対韓経済協力資金はどのように使われたのか。韓国政府が1976年にまとめた「対日請求権資金白書」という500ページを超す報告書に克明に書かれています。釜山―ソウル高速道路や浦項製鉄所はもちろん、あらゆるインフラ建設に使われ、しかも個人補償にまで使われたことが記録されている。

 この白書はぜひ復刻されるべきだと言って回っていたら、ソウルの日本人会(SJC)が複製してくれました。韓国語ですし、是非韓国人に読んでほしい。

武藤 そうした事実を公にできないことが、韓国の問題でしょう。自分たちの考える正しさに沿ったものしか受け入れられない。結局、韓国の人たちに日本がらみの事柄を客観的に知ってもらうためには、当面は国際社会を絡ませることが有効でしょう。最初は反発するでしょうが、いずれ自分たちの主張は「大丈夫かな」という意識が出てくる。そこが出発点だと思います。

黒田 日本の支援・協力が韓国の現在の発展につながったというのは韓国を除く世界中の常識なんですがね。

武藤 そのためにも日本は感情的なことを言わずに冷静に対応して、韓国の側に問題があると国際社会に理解してもらうべきです。

黒田 アメリカに言ってもらうのがいちばんいい。

武藤 シャーマン国務次官が今年2月、歴史問題をめぐる日本と中韓の対立で、「指導者が旧敵国を非難することで国民の歓心を買うのは簡単だが、そのような挑発は機能停止を招くだけだ」と発言したことに韓国は大きく反発したのは相当に気にしていることの表れです。

黒田 アメリカ当局者も、日本を歴史問題で攻撃して日米韓の関係を揺るがす韓国の姿勢にうんざりしているんですよ。“Korea Fatigue”という言葉があるくらいでね、韓国疲労症。