国家の基本は「独立を守る」こと


日下 まさにそうですね。だから戦前の日本は特別悪い国ではなかった。独立国の中では普通か、普通よりいい国で、しかも自らの足で歩んでいた。そのときの国家の基本は「独立を守る」ことです。努力を傾注しなければ危ないということも知っていた。欧米列強のアジア侵略、日本もその標的にされていたわけですから、否も応もなく危機を自覚させられる状況が目の前にあった。

渡部 参謀総長や陸軍大臣を務めたことのある杉山元が、これはもちろん開戦前ですが、夫人とヨーロッパに外遊する途中インドに寄ったんですね。そのとき彼は、インドがいかにイギリスに搾取されているかを目の当たりにして、何と日本は有り難い国だろうと夫婦で話し合ったという。戦前に一度でも海外に出た経験のある日本人はそれを痛感していたんですね。
日下 阪急電鉄や宝塚歌劇団の創設者として有名ですが、昭和十五年に第二次近衛文麿内閣の商工大臣に就任した小林一三にも似たような話があります。

渡部 小林一三は官僚統制に反対して、革新官僚だった岸信介次官を辞任させていますね。

日下 ええ。その一事を見ても、当時の日本はまだまだ軍国主義とは言えない。小林は蘭印特派大使として石油を売ってもらおうとオランダに交渉に行ったり、さまざま努力するんだけれども、結局、英米の妨害でうまくいかない。それで翌十六年には辞めてしまうのですが、その小林が昭和十五年に書いた随筆の中に、こんな述懐があるんです。

 自分はロンドンやニューヨークへ行っていろいろ商売をしてきた。自分のようなチンチクリンの黄色人種が相手でも、とにかく白人同士のルールを適用してくれる。それは、ひとえにわが日本に「陸奥」と「長門」をはじめとする、侮ることのできない連合艦隊があるからだと。大砲の威力はグローバル・スタンダードですから(笑い)。普通に商売するためにも、軍事力の後ろ盾がないと払うべきものも払ってくれないと小林は痛感していたんですね。

渡部 当時のヨーロッパは、たしかに今おっしゃったような認識だったと思います。ところがそのグローバル・スタンダードに従わなかったのがアメリカです。日露戦争を勝った日本人を、ほかの有色人種と同じように差別したから日本人は怒ったわけです。堪忍袋の緒が切れたというかね。崖っぷちまで追い込んだ者の責任が不問なのはおかしいんです。

 はっきりしているのは、確かに日本はアメリカに軍事的には敗れはしたけれども、戦ったこと自体を善悪で分かつべきではないということです。戦後は善悪の問題としてしか見ず、悪いことをやったんだから東京大空襲も、原爆投下も仕方がなかったなどと言い募る日本人が出てきた。戦って死んだ人々に対しても、「犬死にだった」と突き放してしまう。
空襲を受け焼け野原になった東京。手前は皇居内の焼け跡=昭和20(1945)年
日下 その意味で、戦後の日本で大前提になっているのは、“独立を自ら守るのはよけいなことであり、生意気なことだ。お前の国のほどほどの幸せはアメリカが保証してやる”ということと同義といって過言でない今の憲法です。前文に端的に現れている無条件の他者信頼と他者依存、その精神から歴史を見てしまうから、自力で独立と生存を維持しようとしたわが国の歴史は野蛮なものだということになってしまう。一国の独立を守る行為、自衛行為が、他国に対して侵略的になる可能性があるということは、倫理的な批判は可能ですけれども、論理的には矛盾しないんです。これが戦後の日本人にはすっかり分からなくなってしまった。

渡部 国家としての独立を失うとどうなるか、という想像力もない。能天気です(笑い)。

日下 まずは経済的な利益を収奪される。それから教育です。最近、分離独立紛争で日本でも名前が知られるようになったティモールも、ポルトガルの支配下では教育を奪われています。支配階級というのはどこもそうです。朝鮮でも李王朝は庶民に教育を施していないし、琉球でも尚王家は庶民に教育を施していない。南米なんかの事情を見ると、逆にポルトガルやスペインは文明をもたらす有り難い存在なんだ、支配されて幸福なんだと教えている。それが百年も続くと本当にそうなってしまうから恐ろしい。たとえばメスティーソ(=混血児)がスペインへ国際会議か何かで来て、「父の国に来られた」といって涙を流して喜んでいたりするのを見ると、母はどうなっているのか考えたことがあるのか、と思ってしまう。混血の意味を考えたことがあるのかと。

渡部 スペイン語の先生に聞いたことがあるんだけれど、中南米には母親を尊敬する伝統がないんですってね。似た顔をしているけれどイタリア人なんかはママでしょう(笑い)。中南米の人がスペインやポルトガルを、母の国ではなく父の国として感激できることの歴史的背景を考えると、それはたしかに悲しいものがある。

日下 教育を支配されて百年、二百年経つとそうなってしまう。ところが日本は明治維新のときに独立を守ったから教育は続いていたわけで、その中で自ら必死に努力して、民主主義、自由主義の国を築こうとしてやってきた。

渡部 着々とやっていた。

日下 それが先の大戦に敗れたとき、独立を奪われて、教育も何もかも奪われて、それこそ男も女も奴隷的境遇に落とされるかと思ったらそれほどでもなかった。案外、寛大だった。それに日本人みんながバカに感激してしまったわけです。

渡部 ほっとしたんだな。

日下 それで独立のために命を捧げるなんて阿呆らしいことであったという雰囲気になって犬死に論が出てくる。こんなことなら戦う必要もなかったと。しかし、戦ったからこそアメリカは寛大になったんです。

渡部 まったくそうです。

戦う気概を忘れた国はやがて亡国の淵に立つ


日下 それを忘れてはならないと思います。今、アメリカが寛大になった余得が五十年経って消えつつある。これは怖いことです。二十世紀後半の五十年はともかくも国際社会らしきものがあって、道理が通って、アメリカも力の自制をした。それは、身命をなげうって究極の奮戦をしてくれた英霊の、なかんずく神風特攻隊のお陰だったといって過言でない。追い詰められた日本が立ち上がって噛み付いた、その記憶がバリアーとして彼我の間にあるから、あまり日本に理不尽なことを仕掛けてはいけないという自制を彼らにもたらした。その残像が急速に薄れつつある。「戦って敗れた国は必ず再生する。戦わずに敗れた国は永久に立ち上がれない」と言ったのはチャーチルですが、戦う気概を忘れた国は必然的に亡国の淵に立つということを、今の日本人は真剣に思い起こす必要がある。

渡部 国際社会は本当に熾烈です。そこでは厚かましく、ふてぶてしく振る舞わなければならない局面が必ず生じる。もっと砕いて言うと、図々しくなることです。それが日本人にはできない。

日下 客観的に歴史を通覧して比較しても、国際常識を外れて(笑い)、日本人の道義心は高い。自分の常識で反省してしまうから、これは言葉が悪いけれど“鴨ネギ”ですよ。正しい国際感覚というのは、報復力のない国を相手にしたときは蹂躙してよい。残念ながらそういうことです。連合国の元捕虜による、日本企業を相手にした戦時賠償請求がアメリカ・カリフォルニア州で提訴されていますが、わざわざ法律を改正して時効を延長してまでの“狙い撃ち”というのは、そういう常識の上に立っている。八〇年代以降の経済的繁栄を見ても、アメリカは「絶えずルールを変更する国」「ダブル・スタンダードの国」という“評判”と引き換えに利益を獲得している。

 ここで日本人がふてぶてしく振る舞おうとするなら、こういう物言いもできると思います。いわく、「無辜の市民に対して原子爆弾を落としましたね」とか、「東京を空襲しましたね」とか言って、それに対する謝罪と賠償を求める裁判を遺族が個人として起こす。法理上の問題と、わが国の現状でそれが可能かどうかは措くとして、少なくとも彼らと同じ土俵に立てばそうなる。それ以前に、「あなたがたはインディアンから土地を奪いましたね」と問えば、彼らは何と答えますかね。

渡部 サンフランシスコ講和条約がなければ、私も日下さんと同感です。ただ個々人がそういうことを言い始めたらきりがないから、国家同士で手を打った。民間の喧嘩なら警察もあれば裁判所もあるけれど、国家同士の戦争はその上に何もない。したがって“手打ち”は、民間にたとえれば常に示談と同じ形をとる。サンフランシスコ講和条約はそういうものです。示談が終わってから五十年も経ってから、それを反故にするというのは通用しない。ナチス追及のために措定された戦争犯罪には時効がないというのも、ユダヤ迫害とかあまりにひどい事情ゆえにであって、日本に適用するというのは乱暴です。

 それからこうした問題になると、すぐドイツと比較して日本を非難する人たちがいますが、ドイツと日本はまったく事情が違う。ドイツは講和条約を結んでいないのですから個人補償にならざるを得ない。それゆえドイツの私企業を訴えることも可能なんです。

日下 それを日本の立場から考察すれば、サンフランシスコ講和条約にソ連は入っていませんから、シベリア抑留の六万人の死者はどうしてくれるんだとか、カイロ密約にからんでロシアに抗議しつつ、アメリカをそれに引き込むということは可能ですね。これは実際にそうすべきだと主張したいのではなく、そういう戦略的な発想、したたかさを日本も持たなければ、二十一世紀という新たなパワーゲームの時代を乗り切れないということを言いたいのです。

渡部 その意味では、明治維新のときのような、白刃の下をくぐり抜けてきた覚悟の据わった指導者が、この国から消えたということが深刻な問題ですね。あまり明治時代を懐かしんでも建設的じゃないんだけれど、日露戦争が勝利に終わってからは制度として出世コースが決まってしまったことが、危急存亡のときの人材発掘、登用の妨げになったことは間違いない。エリートではあるけれど、ひ弱になってしまった。

日下 戦後は一層そうですね。善にも悪にも強い人がいない。結局、自らの歩みの正当性に自信がないからだと思う。戦前の日本は悪いことをやってきたんだという呪縛、それが戦後の日本人を潜在的にも顕在的にも萎縮させてきた。それどころか、善人の国になった戦後はなおさら戦前・戦中の悪の追及に熱心に取り組まなければならない(笑い)。いわば国を売る行為が、良心にかなう行為だとされるような空気が戦後この方ずっとわが国を支配してきた。

 カリフォルニアの訴訟もそうですけれど、日本の戦争犯罪なるものの世界的追及の動きに同調し、煽っているのは日本人です。世界の反日は、常に日本発と言っていい。こんなことは自明だと思いますが、どうも世間的には周知されているとは言い難い。