日本の戦いを自衛だったと認めたマッカーサー


渡部 マスコミがその実体を報道しませんからね。日本叩きにはあんなに熱を上げるのに(笑い)、日本の弁護、正当な言い分を発信することには本当に力を注がない。ここで、戦前の日本は「悪」、戦後の日本は「善」という錯誤をわれわれにもたらした元凶を二つ指摘すると、一つは日本を野蛮な侵略国家だと一方的に決めつけて断罪した東京裁判。これをやらせたマッカーサーです。これが第一です。

 第二は、マッカーサーは後日、日本の戦争目的が侵略であったということを正式に取り消したにもかかわらず、それを日本人に伝えなかった日本の多くのマスコミです。一九五一(昭和二十六)年、アメリカ上院軍事外交合同委員会で行われたアメリカの極東政策をめぐる公聴会の席で、マッカーサーはこう証言しているんです。

「日本は絹産業以外には固有の産業はほとんど何もない。彼らは綿がない、羊毛がない、石油の産出がない、錫がない、ゴムがない、その他実に多くの原料が欠如している。もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生することを彼ら(日本)は恐れていました。したがって、彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです」(傍点は渡部)

 この証言は当時のニューヨーク・タイムズにも全文が載っています。東京裁判を始めた連合国軍の最高司令官が、日本の戦争の動機は安全保障の必要に迫られてのことだった、と証言したことは、東京裁判の無効宣言に等しいと考えて、決して大袈裟ではありません。ところがマッカーサー証言のその部分を伝えなかったのは誰かというと、たとえば朝日新聞は報道しなかった。縮刷版にも見当たらない。ものすごく意地悪に、本当に目立たないベタ記事としてどこかに、それこそ〇〇県版に載せているということはあるかも知れないけれど(笑い)、そんな価値判断で済まされるニュースじゃないことは明々白々です。あるいは百歩譲って、当時報道していなくとも、今、それを掲載すべきです。事は過去・現在・未来のすべての日本人の名誉に関わることです。

日下 重要なご指摘ですね。

渡部 それこそ日本人が一番聞きたかったことですよ。このマッカーサー証言を全国の新聞、NHKが伝えていれば、事態はかなり変わっていたと思います。バカげた反日日本人の跳梁跋扈はなかったのではないですか。

日下 今の日本の政治外交を預かってる人たちが、そのマッカーサー証言を知っているとは思えませんね。

渡部 耳に入らないのかなあ。平成七年の「戦後五十年決議」のときにも痛感したことだけれど、細川護煕、村山富市、土井たか子、宮沢喜一、河野洋平といった政治家にはほとほと呆れてしまう。いったい日本の歴史をまともに学んだことがあるのか。とくに責任が重いのは、長く政権政党の座にあって、その維持のためなら“国を売る”自民党の人たちですよ。

日下 そういう状況を見ながら、私は日本を売った人たちには四種類あると思っています。前提として言えるのは、日本を売る気になった人たちの心の底は、「崇洋媚外」だったのではないかということです。これは文字通りの意味です。この崇洋媚外の心を持った日本人が戦後各界にたくさん出現して日本糾弾を繰り広げた。

 まずはGHQへの追従です。これは権力者にいつも擦り寄る性向の人たちです。次は自分の足跡を隠す人。戦争協力の足跡を隠すために、熱心に日本断罪に取り組んだ人たちです。学者に多かったですね。それから、何事もイデオロギーというメガネを通して物事を把握しようとする教条主義者。秀才ですが、この手の人はだいたいにおいて精神力が弱い。結論を急ぐから単純に割り切れるものに飛びつく。国家主義はもう流行らんらしいから今度は民主主義に行こう、という感じです(笑い)。

 四番目は、単に自分の利益を追求する左翼政治家・運動家、あるいは労働組合の人たち。こういう人たちは最も素直だと私は思います。自分の生活のためにやるとか、ちょっとした贅沢のためにやるという程度だから罪は軽い。

 しかし、前三者に対してはそう寛容になれない。GHQに最も擦り寄ったのは言論人と学者です。そもそもが思想信条を守ってなんぼという立場のはずなのに、それが掌を返したような物言いをしたのだから、これは許し難い。官僚もそうです。権力を持って命令する立場にあった人は、やはり責任を取ってもらわねば困るんです。少なくとも懺悔してからやってもらいたい。左翼用語で言えば、自己総括ですか(笑い)。それをせずに、生まれ変わった証拠に今度は日本の悪口を目一杯しゃべる。この浅ましさは目を覆うばかりです。

日本断罪論者の品格の欠如と大衆蔑視


渡部 そうした視点から申し上げると、谷沢永一さんの研究が第一等だと思いますが、横田喜三郎なんか典型ですね。文化功労者、文化勲章が視野に入ってからの彼の変節ぶりははなはだしい。それから歴史学者の家永三郎氏。彼はもともと“忠君愛国”みたいな教科書を書いていたはずなのに、やっぱりガラッと変わった。

日下 結局、自分がないということなんでしょう。すぐイデオロギーとか社会風潮に身を委ねてしまうのは、自己の中に守るべきものがないからなんだと思います。本当の知識人、教養人がいなかった。いや、戦前、戦中、戦後を通じてそういう人はいたけれども、少なくともマスコミはそういう人に見向きもしなかった。

渡部 日本を蔑むことを何とも思わない人たちは、まず品格に欠けていると思います。

日下 それから大衆蔑視ですね。自分はいつも大衆に対して上位に立っているという顔をしている。自分の立場を維持するためには、何か偉そうに説教をたれてた方がいいし(笑い)、事大主義のほうがいい。独善的で、かつ進歩的でなければならないから常に悪罵の対象が必要になる。戦前の日本がまさに恰好なわけです。しかも、そういう人たちは文章技術とか話術に長けている。困ったことに文章とレトリックだけ強い。こういう人たちの根底にあるのは、日本は絶対に沈まないという油断なのか、あるいは自信なのか。日本の独立は天与のものであって、いくら悪口を言っても傷つかない、揺るがないと日本を信じているのだから、それはそれで偉いんですね(笑い)。

渡部 左翼幼児症という言い方がありますが、まあ幼稚な振る舞いですよ。親はいくらなじっても自分のことを思ってくれるだろうという甘えの感覚と同じです。

日下 だから戦後は、今度は「アメリカは日本を見捨てないだろう」という盲目的な依存に変わってしまった。なぜアメリカは優しくしてくれると思えるのか。「多分キリスト教だからだろう」なんて言っているわけだ(笑い)。

渡部 ソ連が崩壊する前は可愛がってくれていたと思う。ソ連が崩壊すれば日本は要らないんじゃないのかな。

日下 最近、中国の脅威を認めて、去年から今年にかけて親日的な数字がアップしたというアメリカ国内での世論調査の結果が発表になりましたね。これはバランス・オブ・パワーの感覚で、きわめて現実的と言っていい。

渡部 結局、それだけなんです。だから思い返せば、日英同盟の締結であんなに日本が感激するのもおかしかった。私はチェスタートンの自叙伝の中に、当時のイギリス指導層の裏面が出てくるのを読んだ記憶があるんですが、チェスタートンは、「プライベートではみんな日本の悪口ばかり言っているのに、パブリックになると途端に日本を誉めるのはどういうわけだろう」と不思議がっている。日本人はそのへんをまったく知らなかった。

 つまるところ、残念ながら彼らは日本人を好きだったわけではない。むしろ嫌いだったのではないか。しかし極東におけるロシアの拡張に対して、イギリス単独では対抗できない。そういう現実があった。だから彼らは、日本を使おうという戦略を立てて実行しただけなのに、日本はイギリスの好意と受け止めて感激してしまった。まあ、感激したことそれ自体は悪くないけれど(笑い)、所詮、パワー・ポリティクスでそうやっているのだということを胸中に刻んでおけば、ただのお人好しみたいな様で終わることはなかった。

日下 日本は自ら独立を守る必要があったのだから、そのとき援助を与えてくれたことに感謝するのはいい。

渡部 日英両国に利益があったわけです。それを明確にイギリスに認識させなければならなかった。数年前のことですが、ケンブリッジ大学のバイス・チャンセラー、実質上の学長ですけれど、ロード・バタフィールドさんという方とロンドンで会食する機会があったんです。どういう会話のなりゆきだったかは忘れましたけれど、私が、日英同盟は廃止する必要はなかったという発言をしたら、バタフィールドさんが「そうなんだ」と我が意を得たりとばかりに、本当に膝を打ったんです。バタフィールドさんは八十歳を超えている方ですが、大英帝国の栄光を知っている世代から振り返ってみると、日英同盟を解消しなければ、依然として大英帝国だった可能性が高かったということなんです。

日下 日米同盟という“下支え”があるアメリカ帝国も同様だと思います。

渡部 もし日本という国が西側に付いていなかったら、ソ連とアメリカはいまだに睨み合ったままでしょう。日本の力を一番知っていたのは実に日本の政治家ではなくて、アメリカです。そして、残念なことだけれども、その力を一番上手く利用したのもアメリカです。

二十一世紀もまた日本を味方につけた国が栄える


日下 二十世紀がどんな百年だったかを考えると、私はそのパワーゲームの主役は日本だったと思っています。一九〇〇年当時の三大国、ロシア、中国、イギリスは、それぞれ日本と戦って衰運に傾いた。ロシアはまず日露戦争に負けて国を失い、ソ連としては第二次大戦では勝った側にいたとしても、「中立条約違反」と「侵略による領土獲得」という道徳的な敗北を喫した。その後、経済戦争でも負けています。中国も清という国は日清戦争で潰れ、中華民国という蒋介石の国も台湾へ逃れて、いまや台湾人の国として別の国になろうとしている。イギリスは先に渡部さんがおっしゃられたとおりですね。チャーチルが日本を敵に回したら、全アジアの植民地を失って往年の栄光からは遠い国になった。

 第二次大戦とその後の冷戦に勝利したのはアメリカですが、「原爆使用」という道徳的な傷を負った。ソ連の「中立条約違反」と同様、どちらも白人国に対してはしないことを日本にした。要するに、両国が有色人種蔑視の正体を見せざるを得ないくらい日本は善戦敢闘したということです。その事実を紛らすために、彼らは、日本を軍国主義だ、侵略国家だと、しつこく悪宣伝した。いささか乱暴に聞こえるかも知れませんが、丹念に歴史をたどった上で、それをラフに描いて見せるとこうなると思います。

渡部 歴史の仮説としてみると、ペリーが太平洋を渡った頃、もしこの極東に日本という国がなかったら、朝鮮半島は一〇〇%の確率でロシア領になっていたと思います。黄河以北のシナも八〇%の確率でロシア領、揚子江以北は五分五分でこれもロシア領でしょう。イギリスの艦船がいるから揚子江以南には行けなかったと思いますが、そうなったとすれば、白人の世界支配は本当に完璧になって、白人アパルトヘイトを崩す契機はどこにも存在しなかったと思います。だから、彼らにとってそれを突き崩した戦前の日本は、“悪の帝国”ということになるんですね。

日下 そういう状況下、アジア各国はどこも日本の味方をしなかった。が、独立を失っていたから無理もないことではあった。日本は、白人もわれわれ有色人種と変わらない、工業化して立ち向かえばいいんだということをアジアに示したわけで、それは白人にとって大きな脅威だった。

 だからアジアには二種類の人がいて、それを分かっている人は、今も昔も日本を悪く言わない。尊敬している。世界がいくら日本の悪評を立てようが、日本を味方につけた国は栄え、敵に回した国は結果的に衰運に向かうという二十世紀の教訓は、二十一世紀にも通ずると思います。

渡部 それに気づいた国だけが得するわけですね(笑い)。

わたなべ・しょういち 昭和五年(一九三〇年)山形県生まれ。上智大学文学部卒、同大学大学院英米文学科修了。独ミュンスター大学大学院英語・言語博士課程修了。文学および哲学博士。平成七年ミュンスター大学より名誉博士号を授与。著書に『知的生活の方法』『腐敗の時代』(日本エッセイスト・クラブ賞)『かくて昭和史は甦る』『日本人の本能』など多数。最新刊に林道義、八木秀次両氏との鼎談『国を売る人びと』(PHP研究所)。昭和六十年第一回正論大賞受賞。
くさか・きみんど 昭和五年(一九三〇年)兵庫県生まれ。昭和三十年東京大学経済学部卒、日本長期信用銀行入行。業務開発部長、取締役を経て六十年に退職。五十九年にソフト化経済センター設立、平成五年同センター理事長。多摩大学教授。九年東京財団(旧国際研究奨学財団)設立と同時に会長に就任。主著に『新・文化産業論』(東洋経済新報社=サントリー学芸賞)、『人事破壊』『これからの10年』(PHP研究所)など。最新刊に三野正洋氏との対談『組織の興亡』(ワック出版部)がある。
(※iRONNA編集部注:肩書き等は『月刊正論』掲載当時のものです)