メディアの取材攻勢

 私が受けた取材について触れたい。これだけのアクションが実社会においてはあったのだ。敢えて取材活動ではなく、取材攻勢と表記させて頂く。記者の多くが、ある言質を取りに来たからだ。それは、保守系議員である私が「政治活動=就職に影響」という論理展開を行ったという確認、その言質を取ろうとしつこいほどに確認をとられた。

 なぜ、そのような取材が必要であったかと言えば、私は取材を受けたBlogの記事において一度も「政治活動」という単語を用いていないためだ。これは繰り返し述べてきた、政治活動は就職活動に影響しない、してはならないという思いゆえのことだ。

 また、それが学生であれ、異なる立場であれ、日本国民であれば政治活動の自由は保障されるべきだ。ここに制限を加えることは憲法に抵触すると認識している。ゆえに公職として、本当に気を付けて述べてきた。だからこそ記者たちが取材を申し込んできた記事においては、「政治活動」という言葉は用いていない。
 私が「政治活動で就職活動に影響」と認めれば、保守系議員による「憲法違反」とでも報じたかったのだろう。

 冒頭において、ネット上ではなく、実社会での反響のほうが大きかったと述べました。野党より国会で質疑にまで発展している。繰り返しになるが、いいね!の数・tweetの数ともに私のブログの中では反響は少ないほうであり、web上では賛同コメントのほうが遥かに多く、また各種のまとめサイト等をはじめ炎上という事態には陥っていない。

 しかしながら、実社会においては報道を始めとして大きな反響を生じた。それはなぜか。執拗なまでの取材攻勢を通じて、あることが見えてきた。

 それは一重に、私の記事が「三菱樹脂事件」の最高裁の判例をベースとしていたからだろう。ネットでは知らぬ方も多いのだろうが、実社会の一定の年齢を超えた左派には周知の事実であるためだ。彼らは、場合によっては就職活動に大きな影響を与えることを承知していたためだろう。つまり学生闘争をリアルタイムに体験した世代にとっては、非常に耳に痛い話であったということだ。

 言い換えれば、安保法案に反対している大人たちは、影響が出る可能性を当初より予期していたのではないか、ということだ。そして、それを学生側にはひた隠しにしてきた。だからこそ、条件反射のように潰しにかかったのだろう。私にはそう思えてならない。

 署名記事ゆえ記者名も記すが、毎日新聞の山本紀子記者は凄まじかった。取材依頼の時点で、条件を提示したところ非常に不服な反応。その条件とは、政治活動への言及を私は行っていない点、過激派・公安監視対象団体との混同について論じている点、その論拠として三菱樹脂事件が根底にあるというものだ。また、政治活動への参画自体は、本心では嬉しいという点も取材を受けるにあたっての条件とした。これに対し不服そうな反応であった時点で意図が透けて見える。条件提示後、再度の連絡があり条件を飲むと言われた。

 その取材においては、冒頭より「左ですから」と明言。不偏不党はどこに行ったのだろう。市役所の記者クラブに在籍しているが、イデオロギーに拠って喧嘩腰の記者は珍しいそうだ。その日の夕刻において、明日の朝刊に掲載が決定との連絡を受ける。その際には、「叩き気味の記事、バッシング方向ですけど。お楽しみに」と発言。何度か連絡を頂いたが、その電話の際、周囲に他の議員がおりスピーカーで一緒に聴いていた。唖然としていた。

 紙面としては、条件を守った内容であったが、私のコメントを紹介しつつその文中において弁護士の見解を付記して否定的に報じる。なんとか批判的な内容にしたかったのだろうが、紙面としてはパンチに欠ける部分もあった。とは言え条件は守っている、それは彼女なりの記者魂なのだろう、私は評価している。

 工夫したのだろう、見出しに大きく「FBに行橋・小坪市議」と掲載。まるで選挙リーフレットかのようだ、印象操作というものだろう。タイトルは「安保デモ参加」「就活生 面接残れぬ」というもの。なんとか打撃を加えたいという意図が読み取れる。

 私は刑法に違反したわけでもないし、政治倫理に抵触したわけでもない。学生の就職活動について、不真面目な学生であった自らを恥じつつ、就職氷河期を越えてきた者として論じたのみだ。賛同コメントが圧倒的であり、炎上したわけでもない。自らのイデオロギー的な部分、その対立を明言しての取材、結果としての記事なのである。これが地方版の紙面として相応しいのか。私は、ペンの暴力ではないかと思うのだが、その判断は周囲が行うものだろう。

 とは言え、周囲に他の議員がおり、やり取りを聴いていたことは誤算ではないだろうか。市役所に所属の記者としては珍しい、議員間では噂となっている。

 さらにひどいのがJ-CASTだ。前述の山本紀子記者でさえ守った点がある。取材攻勢の激しさという一例として紹介はしたが、私としては責めているつもりもない。分析し論じたのみであり、彼女と同じことをしたまでだ。取材時にこちらも宣言し、彼女も同意している。私が国会議員であれば、力の差ゆえこのようなことは許されないのだろうが、一介の新人市議と、選挙区の地方版をこのように用いる者であれば、言及し論じることは許されるように思う。

 J-castからは、私は取材を受けていない。にも関わらず、まったくの真逆の取り違え。主たる主張である「政治活動の領域」について大誤報。特に許せない発言としては以下。

 『福岡県行橋市の小坪慎也市議だ。小坪市議は15年7月26日に投稿した「#SEALDsの皆さんへ 就職できなくて#ふるえる」と題するブログ記事で、デモの参加者を「腐った蜜柑」と表現』という文言。ここまで読んで頂けた方は理解して頂けると思うが、デモは政治活動であり影響があるとは私は主張していない。そもそもそれは憲法違反だ。特に気を付けて書いた点で、論理構成の根幹をなす部分だ。

 また「腐った蜜柑」という単語はあるが、それは「過激派・公安監視対象団体」や「混同された者」であり、学生を指してのものではない。シリーズを通して徹頭徹尾一貫して書いており、各紙の取材においても「三菱樹脂事件が根底にある」ことを述べた上で、否定している。同訴訟の原告が参加したのは学生闘争であり、政治活動とは一線を画すという主張だ。そもそも学生側に立って発信し続けており、その私が「学生=腐った蜜柑」と表現はするはずもない。

 しかもこれはYahoo!への配信記事であり、凄まじいアクセスをもって、言ってもいないこと、むしろ主張とは真逆のことをばらまかれた。それこそ人権侵害であり、断じて許せることではない。本件に関しては、場合によっては法的対応をも視野にいれ、対応を協議中である。