学生たちは、日本の財産

 これは安保法案に賛成する層、多くは保守陣営かと思うが、皆様にも今一度認識して頂きたい点である。誰がなんと言おうと、将来を担う学生たちは日本の財産である。大学を出たから偉いとは言わないが、高度教育を施された者が日本の財産であることは疑いない。

 それが対峙する陣営であろうと、イデオロギーが真逆であろうと、この一点に関しては強く訴えたい。賛成派・保守層にも同じ認識を共有して頂きたいし、同じく反対派の大人たちにも同じ認識を共有して頂きたい。これは本心からだ。

 彼らは日本の大事な人材だ。そして就職活動を控えた身である。小中高と親御さんが手塩にかけ、本人の努力もあったとは思うが、学校関係者や周囲の協力があって学生という立場にある。新卒主義の日本において、一度きりのチャンス、切符を手にしている。多くの支えがあって、彼ら学生を大切に思う多くの人々の祈りを受けてその場にいる。

 学生自身は、その重みを理解はしていないだろう。少なくとも私は、当時はまったく理解できなかった。いま当時を振り返るに、本当に恥ずかしい。大人となった今、社会人として先輩としての自覚を持ち始めた今は、かつての自分を恥じつつ、異なる思いも持っている。多くの大人たちは、この重みを理解して頂けると信じたい。ゆえに、両陣営ともに配慮をお願いしたい。学生たちに配慮を。
 
 これは左派のみを責めているのではない。例えば、素晴らしい保守活動があったとしよう、従軍慰安婦の虚構を追及し、朝日新聞を糾弾する保守好みの活動だ。しかし、それが赤報隊の主催であれば、私は参加することはない。赤報隊は、明確に「過激派・公安監視対象団体の領域」だからだ。仮に後輩たちが参加しようとすれば、必死で説得を試みる。最後は本人の判断のため、強制はできないが、必死に止めることだろう。
 
 論じつづけている「違い」について、わかっている大人は相当数いるはずだ。それゆえの取材攻勢であり、だからこその実社会への影響だと認識している。
 学生とは言え、選挙権も持つようになる。彼らを子供扱いせよとは言わないが、社会人として飛び立つ寸前の若鳥たちだ。社会に受け入れるにあたっては、イデオロギーの如何によらず、社会の先輩として一定の配慮をお願いしたい。 

 本当の悪者は誰か。なんとか私を悪者にしたい勢力がいたように思うが、振り返ると同じ動きをしていたように思えてならない。私を悪者としたかったのは、私が「都合の悪い者」だったからではないだろうか。結論になるが、左派の大人たちは三菱樹脂事件が明瞭に記憶されており、特定条件においては就職に影響すると認識していたのだろう。それを学生らには伝えていなかった。それを正面から論じた私は「都合の悪い者」だったのだろう。

 苦い記憶として明瞭に記憶されているがゆえの、過剰反応だ。

 悪いのは誰か。それは、法案のみを主軸として捉える者ではないだろうか。もっと言わせて頂ければ「学生=道具」と看做す者が一番悪い。両陣営に言えることだ。法案反対派のみならず、賛成派・保守層にも言える。「法案に反対」だから、私に抗議する者、「法案に賛成」だから、私を応援する者。私は、どちらもおかしいと思う。

 「反対するための便利な道具」として認識しているがゆえ、効果的なツールの稼働率が落ちると危惧し、私を批判した勢力。また、私を援護した層は、「法案に反対する武器」として学生を見るがゆえ、稼働率が下がることを期待して私を支持したように思う。どちらもズレている。

 なぜなら「学生、学生、学生」と喧伝しつつも、誰も彼らを学生としては扱っていないからだ。ただの道具扱い、効果的な武器という認識に思えてならないからだ。違う、彼らはこれからの日本を支えて行く人材であり、日本の大切な財産に他ならない。口うるさいと嫌われるのだろうが、年長者らの責任として手をひいて行く必要があったように思う。
 
 国の将来を憂い、政策を論じる者たちだからこそ、どちらの陣営であれ同じ思いを共有して頂けると信じたい。思想やイデオロギー、政策よりも大切なものがある。それは国の将来であり、それを担う若者たちだ。大切な大切な、これから私たちが迎える新しい社会人たちを「道具」として認識しているのであれば、私はそれこそ悪者だと思う。

 学生は、学生である。政治活動に身を投じたばかりの、その道に関しては経験の浅い者たちだ。子供扱いせよとは言わないが、新たな参加者を迎えるにあたり、政治活動の現場に在り続けた者は一定の配慮をすべきだろう。

 SEALDsを取り巻く議論は、なんとも不毛な言い争いとなってしまった感がある。極めて建設的ではない。正直、私にとっては後味の悪いものであった。参加した学生らが、国を憂いてのものであればなおさらだ。スタートが純粋な思いゆえのものであれば、なおさらだ。後味の悪さから学べることは、今後、学生たちが政治活動に身を投じる際、両陣営において受け入れ態勢の完備、及び就活を控えていることへの配慮が必要という反省点のみである。