平和ボケの批判/現場の不満


 護憲派が問題視する「重要影響事態」も例外でない。彼らは「周辺」という言葉が外れ、地球の裏側まで自衛隊が「後方支援」で派兵されると非難するが、元々「周辺」は地理的概念ではない。彼らの「懸念」は無視し、実務上の懸念を挙げよう。

 現行の「周辺事態に際して実施する船舶検査活動に関する法律」は「重要影響事態等に際して実施する船舶検査活動に関する法律」に改正される。弾薬提供が可能になるなど、現行法制よりは多少ましだが、依然として抜本改正とは程遠い。

 たとえば、現行法の「別表(第五条関係)」は改正されない。ゆえに「乗船しての検査、確認」できる船舶は「軍艦等を除く」。しかも「当該船舶の停止を求め、船長等の承諾を得て」からしか乗船検査できない。

 相手が停船の「求め」に応じない場合どうするか。法は「これに応じるよう説得を行うこと」。なら「説得」に応じない場合どうすべきか。現行法すなわち平安法が許すのは「説得を行うため必要な限度において、当該船舶に対し、接近、追尾、伴走及び進路前方における待機を行うこと」。警告射撃すら許されない。法改正が検討されたが、公明党が難色を示し、実現できなかったという。

 そもそも「国家安全保障基本法」の制定を主張してきた自民党が、公明党の要求に譲歩を重ねた結果が現在の有り様である。膨大な平安法案となり、「重要影響事態」や「存立危機事態」など新概念が乱立している。

 善かれあしかれ「右向け、右」や「撃て」といった簡潔な命令で動く自衛隊を規律すべき法制度としては複雑に過ぎよう。すでに現場からは戸惑いの声が出ている。今後、現場は混乱するに違いない。とくに「事態」が重なるケースや、ある「事態」から別の「事態」に秒単位で移行するケースで混乱する。どちらのケースも十分あり得る。

 要するに「撃ってよいのか」。それが明示されなければ現場は必ず逡巡する。たとえ「撃て」と言われても、月村了衛著『土漠の花』(幻冬舎)が描いた通り、逡巡する隊員も少なくあるまい。だからこそ、法律要件を具体化した「ROE(交戦規定・武器使用基準)」を策定する必要がある。そのためにも国会質疑で法律要件を具体化すべきなのに、「平和主義に反する、立憲主義に反する」といった(質問ならぬ)結論ありきの主張だけが繰り広げられている。「戦争法案」と叫ぶわりには、平和ボケした間抜けな連中ではないか。

 いわゆる集団的自衛権の行使要件も世界で最も厳しい。一言で評すれば、×(違憲)との憲法解釈を、△(限定容認)に変更しただけ。自国軍の活動を、ここまで厳格に縛っている法令が海外にあるだろうか。

 私がくだす安保法制への評価は△である。決して◎でも、○でもないが、少なくとも×ではない。「ないよりはマシ」。この春にそう「夕刊フジ」の連載に書いた。だが、その評価すら甘いのかもしれない。「○なら欲しいが、△なら要らない」――それが現場の本音である。すでに「こんな法制なら要らない」と不満が漏れ出した。「ないほうがマシ」と断言した幹部もいる。こんな平和安全法制に誰がした。結局「歯止め」が増えただけではないか。私は悔しい。

 この程度の平安法なのに「戦争法案」と誹謗する政党がある。朝日新聞も「国際平和支援法」という名称には「戦争支援という実態を糊塗する意図があるのではないか」と勘ぐった(4月16日付社説)。

 だが、集団安全保障措置(としての協力支援)は「戦争(支援)」ではない。それどころか国連憲章上の責務でもある(25条)。朝日社説は「なにより、自衛隊の海外派遣は慎重であるべきだ」とも書いたが、国際法上の義務に「慎重であるべき」と主張する感覚は真っ当でない。名実とも権利である集団的自衛権とは話が違う。相変わらず両者の違いを理解していない。

南シナ海は、今そこにある危機


 閣議決定翌朝の朝日一面ヘッドラインは「政権 安保政策を大転換」(5月15日付)。毎日も「安保政策 歴史的転換」。NHKも「戦後日本の安全保障政策の大きな転換」と報じた。およそ同じ法案を読んだ人間の評価とは思えない。以上のどこが「大転換」なのか。彼らは平気でウソをつく。昨年来その姿勢に変化はない(拙著『ウソが栄えりゃ、国が亡びる――間違いだらけの集団的自衛権報道』ベストセラーズ)。

 最近では、五月二十日付朝日社説が「南シナ海問題―安保法制適用の危うさ」と題し、南シナ海で「将来的に海上自衛隊が警戒監視活動を担う可能性がある」と書いた。社説の最後を「万が一にも軍事衝突にいたれば、日中両国は壊滅的な打撃を被る。その現実感を欠いた安保論議は危うい」と締めた。その限りで大きな異論はない。事実すでに米海軍第7艦隊のトーマス司令官や太平洋軍のハリス司令官が海自の警戒監視活動へ期待を表明した。六月下旬には、南シナ海で海自とフィリピン軍による初の本格的な共同訓練がある。

 さて実際に海自が南シナ海で警戒監視活動を行えば、どうなるか。間違いなく中国は対抗措置をとるだろう。まず「中国の軍事警戒区域から出て行け」と脅す(今春、米軍機にそう明言した)。パイロットの視界を奪うべく強い光を当てる(フィリピン機に実行した)。その他、危険な近接飛行や火器管制レーダー照射(ロックオン)等々(両者とも中国に前科があり、被害者は自衛隊)。それらを「軍事衝突」と呼んでいいなら、その確率は「万が一」どころか確実である。

 ただ現状、南シナ海に派遣し、常続的に警戒監視するのは、海自哨戒機P3―Cの航続距離を考えれば容易でない。他方、海賊対処の部隊を含め海自艦艇は南シナ海を航行している。その際、わざと速度を落とす。漂泊する。停泊する。護衛艦から哨戒機を発艦させる…等々なら比較的容易である。

 かりに海自がそうすれば、中国側はどうするか。中国は南シナ海にも防空識別区を設定し、当局の指示に従わなければ、防御性緊急措置をとる方針であろう。実際にスクランブル発進するつもりなのか。先日、人民解放軍(中国軍)の将官らに聞いてみた。案の定、対抗措置を否定しなかった。そのとき軍事的な緊張は一気に高まる。
北京の天安門前をパレードする中国人民解放軍の女性兵士=9月3日(共同)
北京の天安門前をパレードする中国人民解放軍の女性兵士=9月3日(共同)
 いたずらに脅威を煽っているのではない。中国外務省の陸慷報道官は六月十六日、南シナ海の南沙諸島で中国が進めてきた浅瀬の埋め立てが「近く完了する」と会見した。翌週アメリカで開催される米中戦略対話や九月の習近平国家主席訪米を睨み、沈静化と同時に既成事実化を図った発言であろう。中国紙「環球時報」は「アメリカが埋め立て停止を求めるなら、一戦は避けられない」と強硬姿勢を露わにしていた(5月25日付)。その中共政府が、自衛隊の警戒監視を容認するはずがない。解放軍は確実に対抗措置をとるであろう。

 日本政府はどうするつもりなのか。これも防衛大臣に聞いてみた。答えは「警戒監視を行なうかは、『防衛省の所掌事務の遂行に必要な範囲』かどうかという観点で決められる」。中谷元大臣は「具体的な計画はない」とする一方「今後の課題と認識しています」と語った(「Voice」四月号)。つまり海自が南シナ海で警戒監視する可能性を否定しなかった。中国は埋め立てが完了すれば軍事基地建設に動く。この問題こそ「今そこにある危機」ではないだろうか。

 以上を前提として、先の社説に話を戻す。問題は朝日がこう書いたことだ。

「政府は今回の安保法制で周辺事態法から『周辺』の概念を外す抜本改正をめざしており、重要影響事態法という新しい枠組みの中では、南シナ海も適用対象となる」