危機があることはわかりました。しかし、なぜそれが集団的自衛権の行使につながるのでしょうか。他国の戦争に巻き込まれるのではないのですか? 平和憲法が根底から崩れませんか。


 では集団的自衛権について説明しましょう。先ほど述べたクリミアを奪われたウクライナはNATOに加盟していませんでした。米国や英国、フランスなどの集団的自衛権の対象国ではありませんでした。では、国連はウクライナを助けるべく何か具体的に動いただろうか。ロシアは常任理事国の一カ国です。国連も実際に有効に動くことはなかったのです。ウクライナは、国連からの支援も得られず集団的自衛権の対象国でもなかった、それで結果的にクリミアはロシアに編入されてしまったのです。

 ベトナムはどうでしょう。いくら抗議しても国連が動けたか。中国は常任理事国です。有効には動かない。また助けを求めても、頼りになる集団的自衛権の対象国もいませんでした。フィリピンも同じです。米軍が撤退した後、抑止力が利かない。集団的自衛権に基づき実質的に動いた国はありませんでした。

 こうした例をみると一国だけでは守れないケースでも何カ国かが互いに手を携え、共同で外敵から守る―これが集団的自衛権ですが―意義の大きさがわかるのではないでしょうか。ある国が脅かされた場合にその国だけでなく仲間の国も一斉に行動する。そうすることで何よりも抑止力を高めることができるのです。

 抑止力というのは、相手に「やったらもっと自分がやられる」とか「やっても意味がない」と思わせることにほかなりません。そうでなければ抑止にならない。抑止の壁を高くすることが大事なのです。

 現行憲法が許しているのは、あくまで我が国の存立を全うし、国民の命と平和な暮らしを守るための自衛の措置だけです。外交努力で解決を最後まで重ねていく。これは今後も揺らぎません。武力行使の「新三要件」も憲法上の歯止めといっていいでしょう。しかし、万一の事態に備えて自衛の措置を十分に―つまり、集団的自衛権が行使できるように―することで、それだけ紛争は予防され、日本が戦争に巻き込まれるリスクは少なくなるのです。

 現行法では国家国民を守ることができない、自衛隊が任務を果たせない場面が出てくるという話がありました。具体的にどういう場面が考えられるのですか?


 先ほど述べた朝鮮半島の有事を例に考えます。緊張の高まった朝鮮半島では5万人の邦人が取り残され、日本人以外も含めるとベトナム人ら数十万人を避難させなければなりません。爆弾テロが起き、高まる緊張のなか米軍も対処しています。

 これは日本の存立が脅かされる―たとえ日本国内に戦火が及んでいなくても―事態なのではないでしょうか。しかし、この時点の前に個別的自衛権に基づき自衛隊が直ちに武力が使えるわけではないのです。

 突然ミサイルが日本に向けられる事態はどうでしょうか。日本にあらかじめ宣戦布告があれば別ですが、いきなりズドンと撃たれた場合―それは紛れもなく日本の存立を脅かす危機ですが、これも着弾するまでは戦火が我が国に発生したわけではないのです―そうした事態を前にした場合も自衛隊が直ちに武力が使えるわけではありません。

 現在の法体系では日本に対する攻撃だということが明白に言えたうえで、個別的自衛権に基づく防衛出動がなければ自衛隊は武力を行使できないのです。尖閣に武装勢力が上陸した場合もそうですが、武装勢力の出自国籍がわかって、どこの国からの攻撃で、それが国家による意思であるか否か…など従前の枠組みでは要件が厳格に定められて、それらをクリアにしなければ自衛隊は有効に動けないのです。

 このように平時から有事の間には日本に重要な影響を与えたり、紛れもなく我が国の存立を脅かすのだが、武力で対処できない局面が存在します(これを有事でもないが平時でもないという意味でグレーゾーン事態といいます)。

 そこで、グレーゾーン事態を細かく分け、今までは日本に戦火が及んでいない、自衛隊がこれまで武力を使えないとされてきた事態でも、米軍を守らなければ、武力で対処しなければ日本の存立が脅かされる、こういう局面を新たに「存立危機事態」と位置づけ、限定的とはいえ、集団的自衛権を行使し、武力行使で対処できるようにしたのです。

 平和安全法制が整備されれば、平素から米軍の艦艇等を防護できます。自衛隊と米軍が連携して警戒態勢等を強化できるわけです。事態が悪化して重要影響事態になっても米軍への支援が可能です。そして存立危機事態になれば、自衛隊と米軍の一層緊密な協力が可能となる。ミサイルが着弾前でも、戦火が及んでいなくても、日本のミサイル防衛に当たっている米国の船を防衛出動前でも自衛隊が守れるわけです。

 さらに、これらの新たな活動を効果的に遂行するため、平素から幅広い種類の訓練や演習ができるようになります。様々な危機に日米の共同対処能力が飛躍的に向上するでしょう。

 では数十万人の民間人が日本に避難してきたらそうなるでしょうか。これは大変な輸送オペレーションです。民間航空機、民間船舶をいくら動員しても足りませんが、少し緊張が高まれば民間航空機はまず飛ばないことを前提に考えなければならない。軍用機で輸送することも当然、視野にいれなければならないのです。

 昭和60年、イラン・イラク戦争の時もそうでした。フセインがイラク上空に飛ぶ飛行機は民間機もふくめてすべて撃墜すると宣言しました。各国が次々と自国民の救出に全力を尽くすなか、邦人215人がテヘランに取り残されてしまいました。このときも日本の航空機は全く飛ばず、救いの手を伸ばしてくれたのはトルコ航空でした。

 邦人保護にいかに対処するか。自衛隊ははじめ憲法を理由に何もできませんでした。それが少しずつ改善され、まず現地の空港までは自衛官が行けるようになりました。ただし、空港までは邦人が自ら逃げてこなければなりませんでした。

 昨年になって邦人のもとに自衛官が車で行って輸送できるようになりました。しかし、武器使用は依然制限されています。正当防衛などの範囲―自己保存型といって簡単にいえば、自分の身に危険が降りかかってくる場面―でしか武器は使えません。

 するとこういう事態が考えられます。例えば空港から離れたホテルに邦人が取り残されている。それで自衛隊が現地に飛び、ホテルに車両で向かう。ところが途上、武装勢力がバリケードを築いていた。迂回路はない。いかにしてバリケードを突破して邦人のもとに向かうか。この場合、現行法では武装勢力が自衛隊を襲ってくれなければ、武器が使えずバリケードを排除できないのです。

 ホテルの前に武装勢力がいても同様。排除できません。冗談みたいな話ですが法律が認めていないのだから仕方ありません。

 しかし、それはやはりおかしい。邦人を輸送するという任務や責任を果たすために不可欠な場面では武器の使用を認めるよう(これを任務遂行型といいます)に見直すべきですし、今回の平和安全法制でもそこは改善され、邦人の警護や救出が可能になります。

 サマワにいたとき、忘れられない出来事がありました。実は邦人の輸送の第一号はマスコミでした。ただ、先ほどもいったように当時は邦人輸送について、陸上輸送は危ない、として認められておらず、空輸だけしか認められていませんでした。サマワの治安が悪くなって邦人記者2人が殺害されるなど緊迫して早急に引き揚げてもらう必要がありました。

 しかし、サマワのキャンプから空港までどういう理由をつけて運ぶか、が問題になりました。陸上の邦人輸送が任務になかったからでした。知恵を絞ってプレスの人たちは広報活動、私たちのPRをしていると理由をつけました。「広報支援」なら私たちの任務に位置づけがある。だから法的な問題はギリギリクリアされるという理屈です。そういう理由で私たちは完全武装で彼らを運んだのです。