なぜ南京事件を書かなかったか

 今回の検定基準改定で、通説的な見解がない数字などの事項については通説的な見解がないことを明示しなければならなくなった。

 上山氏はこう述べている。

「近現代史で通説的な見解がない数字などを書く場合は、それを明示することになりましたが、通説とは何かを判断するのは難しい。通説ではないとして審議会が訂正や削除を求めても、納得しない教科書会社や執筆者から裁判を起こされたら勝てないかもしれない」

 関東大震災における朝鮮人殺害の人数や「南京事件」の虐殺数などが思い浮かぶ。そこで「南京事件」で考えたいのだが、その前に「つくる会」の教科書は「南京事件」が存在しなかったとして記述をせず、それが検定をパスした初めての教科書となった。そこをまず述べておきたい。

 なぜ、書かなかったのか。「南京事件」は中国共産党のプロパガンダで事件自体がないためであり「南京事件」が「南京大虐殺」という意味で使われ、「大虐殺」の意味するところが、軍の行う組織的な民間人の不法殺害という意味ならば、まさに「南京事件」など存在しなかったからである。兵服を脱ぎ民間人になりすました敵の便衣兵が沢山存在し、日本の正規軍には最も危険な存在だった。こうした便衣兵が捕虜としての保護は受けられないことは当然である。
中国江蘇省南京市の南京大虐殺記念館で開かれた犠牲者追悼式典=2014年12月13日(新華社=共同)
中国江蘇省南京市の南京大虐殺記念館で開かれた犠牲者追悼式典=2014年12月13日(新華社=共同)
 当時、南京での激戦は確かにあった。便衣兵の処断もあった。どこの戦場でも生じる不心得の兵士による不祥事も皆無ではなかった。しかし、軍が組織的に民間人を不法に殺害した「南京事件」などは存在しなかった。当時の南京市の市民を安全区に収容し、その安全を守った国際委員会の日本領事館への報告を見ても殺害や略奪などの件数が極めて少なく、到底、虐殺などとはいえないレベルだった。これもまた「南京事件」が存在しなかったことを裏付けているのである。

上山氏の心配は無用だ

 話を戻そう。「つくる会」の教科書をのぞけば他の七社の教科書はすべて「南京事件」が存在した話になっている。そこで殺害者数が問題になるのだが、通説がないことを記述するように審議会が迫り、それに納得しない会社や執筆者が裁判を起こしたら勝てないかもしれない…と上山氏は心配しているのだが、「南京事件」に限っていえば、すでに事件が存在しないことは完全に証明されている。無用な心配であろう。

 問題はこうした論争的なテーマで正しい結論を出せずにいる研究者の集りである学界にある。「南京事件」は存在したと言い張り、いまなお巨大な数字を掲げる研究者がいるが、この人たちに「南京事件」は存在しなかったとする研究者が何度公開討論を申し込んでも逃げて出てこない。
 研究者のすべてではけっしてないが、掲げていた学説の破綻を潔く認めない研究者、逃げ回っている研究者が多すぎるのだ。こうした不誠実な人達が害毒を社会に垂れ流し続けることが放置されているのである。

「事件の不存在」証明した南京学会

「南京事件」を書かなかったわれわれの教科書がなぜ、そのまま認められたのだろうか。それは教科書は民間人の創意で制作するものだという教科書検定制度の原則を踏まえ検定官が「書くように」という検定意見を提示しなかったからだろう。

 だが、もうひとつ見逃せないのは「南京事件」の研究が進み、「南京事件」が存在しなかったという研究結果の存在を検定官が認知していたからではないか。平成十二年十月二八日、東中野修道亜細亜大学教授を会長として「日本『南京』学会」が発足した。既存の学界が事実を直視せず自ら正そうともしないなかで事件の真相を解明していこうという果敢な取り組みは、平成二十年五月二七日の『日本「南京」学会年報』の最終完結版を出すまでの約八年間にすさまじい研究成果を挙げた。「南京事件」が存在しなかったことは完全に証明されたのだ。

 検定をパスした背景にはこうした事情もあると思う。いずれにせよ、これで今後の検定でいずれ、すべての教科書から「南京事件」の記述が消える可能性が出てきたのだからその意義は大きいと思う。

東京裁判は受け入れてはいない

 上山発言の問題はまだある。

「戦後の日本は、太平洋戦争を引き起こした仕組みを否定、つまり東京裁判を受け入れ、民主化を進めるところから出発したわけです。これは政府見解というより国民の共通認識でしょう」

 いうまでもなく、この前の戦争における日本の降伏は、ポツダム宣言受諾による有条件降伏であり、その中に、「吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戦争犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰加ヘラルベシ」として通常の戦争犯罪についての処罰は同意していた。しかし、遡及して処罰することになる「平和に対する罪」として開戦時の政策決定者を罰することには同意していない。東京裁判が裁判に値しないもので、占領期という戦争の延長状態で強権的に一方的に行われたものであるという認識はすでに世界の常識で、したがってそこの判決も判決の名に値しないとするのは、もはや世界共通の歴史認識というべきではないか。

 確かに民主主義化はポツダム宣言での受諾事項といえるのであり、さまざまな民主主義化の改革が行われ、平和国家を目指すことになったことは、政府見解というより国民の共通認識になったといってよいであろう。しかし、軽々しく東京裁判を受け入れたなどとは言うべきではない。

 日本政府は東京裁判を受け入れたという見解を出しており「つくる会」の教科書も検定基準の改定を踏まえて《現在の日本政府は「裁判は受諾しており、異議を述べる立場にない」としています》と記述している。しかしだからこそこうした政府見解に対して批判する立場に立ち、この見解が法的には成り立っていないことを指摘する自由をもつべきである、と考える。そうでなければ歴史認識は歴史認識にならないのではないか、と思うのだ。