韓国における「民主化」という多義語


 これが変わったのは金泳三のときからでした。民主化大統領と呼ばれた金泳三の時代から日本とのこじれた関係が始まる。それは今やこじれにこじれています。

 金泳三時代には慰安婦問題が俎上に上るようになりました。金泳三、金大中、盧武鉉と民主化大統領が続くなかで今の最悪ともいえる日韓関係への流れがつくられていったのです。

 金泳三時代に民主化という言葉は「反軍事」を意味していました。民主という言葉は民主主義の民主ですが、当時の韓国では盧泰愚まで三代続いた軍事政権の反語として用いられたのです

 軍事政権は在韓米軍とも密接に結びついていました。「反軍事」から出てきた「民主化」という言葉は「反軍事」に「反在韓米軍」という意味を帯びます。それは「反米」という文脈に転化していき、やがて「反米」は「民族主義」とも結びついていくのです。

 今でもそうですが、当時の韓国も深刻な社会問題をたくさん抱えていました。それを韓国国内では、米国と結びついて西洋化が図られたために、だんだん個人主義がもたらされた結果である、と読み解くのです。

 西洋化によって今まで民族が大切にしてきた伝統的な儒教的価値観は崩れ、家族関係も核家族化が進んで崩れ、それが今日の荒廃を生んだ─というわけです。そうして「民主化」という言葉は「民族主義」とも結びついていきます。

 今度はそれが「親北」へとつながっていくのです。北朝鮮はとても貧しい。独裁国家でもある。とてもあんな国にはなりたくない。しかし、少なくともわれわれと同じ民族である、われわれのように米国に頼って生きているのではない。貧しくても主体的な思想を持って民族として誇り高い生き方を続けている─というわけです。

 こうして「民主化」という言葉は様々な意味が付加されたり、変容を重ねながら「親北」という意味も帯びるようになっていくわけです。

なぜ親北が反日と結びつくのか


 金大中元大統領の時代には太陽政策が掲げられました。金正日との南北首脳会談が実現し、金大中はノーベル平和賞を手にしました。太陽政策はイソップ寓話『北風と太陽』になぞらえ「北朝鮮の頑な態度を改めさせるためには、圧力ではなく温情が必要である」という考えから融和的な政策をとりました。

 これは盧武鉉政権にも引き継がれました。軍事力での統一よりも人道援助、経済援助、文化交流、観光事業を深める。それで将来の南北朝鮮統一を図ろうとする外交政策ですが紛れもなく親北の政策です。

 こうして「親北=民主」という構図ができ、盧武鉉時代に「反日」であることも「民主」であることだとなって、「親北=反日=民主」というイデオロギーが国内に根付いていったのです。

 盧武鉉は「過去清算」というスローガンを掲げました。そして「過去清算」の矛先は日本に向きます。北朝鮮では親日派、つまり「何らかの形で日本統治政策に協力した者たち」は、悪逆な犯罪者・売国奴としてことごとく粛正されました。韓国も北朝鮮同様に反日国家ではあるものの、「日本統治時代の親日行為は当時の事情では仕方なかったこと」だとして不問に付すのを社会一般の習いとしてきました。盧武鉉は、それでは「過去清算」にはならないとして、親日派を一掃しはじめたのです。これでもともと韓国にあった反日が鮮明に顕在化していきました。

 盧武鉉時代に「親北=民主」が確立されていったのは、金大中時代から北のスパイが韓国国内に大勢入ってきたことが関係しています。そうした層は「従北」と呼ばれるのですが、国内に12万とも15万とも言われています。直接的なスパイもいれば、間接的なスパイなども含めて「従北」「親北」勢力が広がり、こうした人達はマスコミ、大学、専門家や裁判官などあらゆる分野に浸透を図っていったのです。

朴槿惠は親北の政治家である


 そして今の朴槿惠大統領ですが、韓国の政治家の例にもれず、親北姿勢の政治家です。彼女は野党党首時代に、北朝鮮に行って、金正日と握手しています。そのときに彼女が言った台詞が「二世同士うまくやりましょう」でした。

 そのさい金正日は謝ってきたそうです。朴槿惠のお母さんは文世光という北朝鮮のスパイによって殺されました。金正日はそのときの事実関係を認めて「自分の意志じゃなくて、下の人たちがもう勝手にやってしまって申し訳なかった」と謝罪したというのです。

 朴槿惠の本などを見ると、彼女は金正日をかなり評価しています。実際、それ以来、彼女は北朝鮮に対してあまり激しいことは言わないのです。朴槿惠自身がかなりの親北で、これまでも北朝鮮を刺激しないように努めているというわけです。

 それに朴槿惠の場合、自分の今の大統領という立場が実はぎりぎりの辛勝で得られているという事情もあります。「反北」では票が得られない。だから政治生命を維持するために親北を取り込まなければいけない。韓国社会の親北化は相当広がっていて特に若い人ほど親北の傾向が強いのです。
 たとえば、朴槿恵が大統領となった2012年の大統領選挙では、太陽政策の再開を掲げた親北の対立候補は、敗れたものの実に48%を超える得票率を獲得しています。

 朴槿惠の支持層は年配の方たちが中心です。彼女には若いほど反朴槿惠の傾向が強いというジレンマがあります。

 一方で韓国内の保守派たちは頑張ってなんとか反北を維持しなければならない、親北の浸透を何とか防がなければならないと考えています。ですが、この数が決定的に少なく力にならない。それで与党の中では朴槿惠離れ─今の与党内では反朴槿惠となっています─が起きています。
日本の良識が通じない国となった、韓国

 冒頭の世界遺産の話のなかで私は韓国人がどのように考える傾向があるのかという点について日本人は知らなさすぎるといいました。なぜ、民主化という言葉が、民主主義発祥の地である米国に反旗を翻す「反米」とつながるのか。それがなぜ反日と化すのか。さらにそれがどう親北となっていくのか…など日本人から見るとこうした点はなかなか、理解しづらいようです。

 ただ、かつては比較的良識が通じていた韓国は過去のものとなっています。親北、従北勢力の浸透とともに大統領までが親北色が強まっていること、親北勢力の顔色をうかがうまでになっていること、従って朴槿惠の反日的な行動は単なる人気取りや一時的な奇策ではなく、根の深い問題であって日本人的な良識は今後、同じようには通用しないでしょう。

 対応を誤ると、今回の世界遺産の出来事のように足元を救われかねない出来事は今後も続くでしょう。あそこは韓国ではない、少し極端な言い方をすれば韓国は北朝鮮と同じなのだ、くらいに警戒しなければならない。そういう認識と覚悟をしっかりともって韓国に臨まなければならないと考えています。

お・そんふぁ 1956年、韓国生まれ。拓殖大学国際学部教授。大東文化大学卒業後、東京外国語大学大学院地域研究科修士課程修了。外語大大学院時代に発表した『スカートの風』がベストセラーに。また『攘夷の韓国 開国の日本』で第五回山本七平賞受賞。著書に『虚言と虚飾の国・韓国』など多数。