減速の理由

 中国経済が減速し、とりわけ鉱工業が不況の状態に陥ったのは、2008年のリーマンショック以来続けてきた投資主導の成長路線に限界が来たことによる。リーマンショックによる輸出減少という事態を打開するために中国政府は4兆元の公共投資によって景気浮揚を試みた。これに呼応して地方政府も積極的にインフラや住宅の投資を進めたため、中国全体で建設ラッシュが続いた。2008年に北京・天津間で第1号の路線が開業したばかりの高速鉄道は、2014年末には総延長が1万6000㎞にも達した。1964年の開業から50年かけて2600㎞あまりのネットワークを作った日本の新幹線網の6倍以上の長さをわずか6年ほどどで築き上げてしまったのである。また、全国の都市で高層マンションがすさまじい勢いで建設されている。石炭産業の不振によって失業問題に苦しんでいる東北部の地方都市を去年訪れたが、そこでも不況を振り払おうとするかのような住宅建設ラッシュが見られた。日本のテレビで「ゴーストタウン」が建設されていると紹介された内蒙古自治区のオルドス市では、都市部人口130万人ほどの都市で、2014年9月時点で住宅の売れ残りが3万8000戸にもなるという。年間に売れる住宅の数は1万数千戸程度なので、3年分の売れ残りがあることになる。
中国四川省で人民元紙幣を数える銀行員(共同)
中国四川省で人民元紙幣を数える銀行員(共同)
 こうした建設ラッシュによって鉄鋼、セメント、建設機械などの需要が高まり、高い成長率が続いてきた。しかし、インフラがある程度整備されれば投資を減速せざるをえないし、住宅は買い手がつかなければ不動産開発会社の経営が行き詰まるだろう。国民一人当たりの高速道路と高速鉄道の長さを日本と中国で比べてみると、高速道路では中国はすでに日本の1.2倍、高速鉄道では日本の6割の水準にある。中国の交通インフラはすでに相当充実しており、その分今後建設する余地は大きくないと言えよう。

 住宅については、2014年3月頃まではほとんどの都市で新築住宅の値上がりが続いていたので、投資過熱ではないのかという不安感をよそに投資が続いていた。しかし、2014年の5月の連休を境に多くの都市で住宅の値下がりが始まり、夏から秋にかけてはほぼ全国で価格が下落し、バブル崩壊の様相を呈した。2015年3月になって政府が住宅購入に対する規制を緩めたこともあり、値上がりに転じる都市が次第に増え、2015年9月の時点では住宅価格の調査が行われている70都市のうち39都市では前月に比べて値上がりしている。だが、バブル崩壊前の2014年3月と比べてみると、バブル前の価格水準を上回っている都市は深圳、上海、北京、アモイ、広州、鄭州の6都市のみで後は下落している。そうした地域の不動産開発業者は売れ残りと値下がりのなかで厳しい状況にあると見られる。

 中国経済の減速には国際的な側面があることも注目すべきである。中国はすでに世界最大の貿易大国であり、世界には輸出のうち中国向けの占める比率が高い国が少なくない。アジアで言えば、フィリピンは輸出のうち中国向けが34%、韓国は31%、台湾は27%、マレーシアは26%などとなっているし、中南米ではコスタリカが47%、チリが26%、ブラジルが22%、アフリカではガンビアが57%、南アフリカが51%、スーダンとアンゴラが46%、またオーストラリアは30%など、中国向け輸出への依存度が高い国が世界に散らばっている。

 中国が原油や鉄鉱石や銅などの一次産品を盛んに輸入し、一次産品価格が高かった頃は、一次産品輸出国は活況を呈し、そのために中国からこれらへの輸出も活発化するという好循環が成り立っていた。ところが2013年から中国経済が減速すると一次産品価格も下がりはじめた。一次産品輸出で好調だった国々の成長率は下落傾向にあり、例えばブラジルは2013年の2.7%から今年はマイナス3%になると見込まれているし、南アフリカは2013年の2.2%から今年は1.4%へ、インドネシアも2013年の5.6%から今年は4.7%に下がると予想されている。注意したいのは、これらの国々の成長率の下落幅が中国の成長率の下落幅よりも大きいことだ。つまり、「中国がくしゃみをしたら、熱を出して寝込んでしまう」国が世界には少なくないのである。いまや一次産品価格下落→一次産品輸出国の経済低迷→中国からの輸出も低迷、という負のスパイラルに入ってしまっている。

 今後の中国の景気回復へのシナリオにおいても中国と新興国の連関を念頭におく必要がある。2009年の時のように国内での公共投資によって景気回復を目指すのは当面控えられるだろう。なにしろ前の投資ラッシュで形成された在庫がまだ売りさばけていないような状況なのである。それよりもむしろ新興国で先に需要が回復し、中国からの輸出増加が刺激されて、国内での設備投資も活発化するという国際的な連関を利用した景気回復のシナリオの方が現実性がある。

 そのように考えれば、中国が昨年来、アジアインフラ投資銀行(AIIB)、新開発銀行(BRICS銀行)、シルクロード基金、一帯一路構想など、海外でのインフラ投資への資金提供にがぜん力を入れ始めたのは、景気回復の戦略としては理解できる。そうした動きが、国際政治のなかでの影響力増大という政治的インプリケーションを持つとき、これまで新興国への資金の流れをコントロールしてきた先進国との間で一定の摩擦が起きるのは避けられない。ただ、中国の軍事的なパワーが外に溢れ出てくるのは歓迎できないとしても、中国の経済的パワーを中国国内に封じ込めておくのは決して合理的なことではない。中国主導の国際金融機関から資金を借りて、中国製の相対的に安価な資機材を買ってインフラ建設を行うという選択肢ができつつあることは新興国にとっては歓迎すべきことであろう。