ソウル駅前で爆弾を投げる


撮影:下川正晴
ソウル駅前の銅像(撮影:下川正晴)
 ソウル駅前にもテロリストの銅像が立っているというので、見に行った。写真のように、右手に手榴弾を握りしめ、まさに投げんとする構図である。ホントに、この国の人は爆弾を投げる彫刻が好きなんだなあ(笑)。昭和天皇に向かって爆弾を投げる(桜田門事件の)銅像は、すでに紹介した通り、淑明女子大近くの孝昌公園に立っている。

 ソウル駅前にあるのは、朝鮮総督に爆弾を投げて、死刑になった姜宇奎(カン・ウギュ)の像だ。1919年9月2日、第3代朝鮮総督に任命された斎藤実がソウル駅に着いた時、爆弾を投げた。しかし総督にはほとんど被害がなく、護衛の日本人警察官ら37人が死傷した事件だ。銅像が建立された2011年当時、産経の黒田勝弘特派員が反対の論陣を張ったが、他の主要紙はほとんどスルーしたので、多くの日本人は存在すら知らない。韓国がこういう無神経なことを重ねた来た延長線上に、日本大使館前の「慰安婦像」という国際条規違反がある。それが僕の見立てだ。韓国人たちにも「近隣国への配慮条項」の適用を切に要望する次第である。(笑)

 もちろん、韓国でも「テロリスト論争」がないわけではない。

 訪韓中に書店で購入したカン・ジュンマン「韓国現代史散策」第8巻(2008)に、そのことが書いてあった。

 著者は、あけすけな記述で定評がある大学教授だ。それによると問題提起したのは、ロシアから韓国国籍に帰化したパク・ノジャ氏。韓国史に関して大胆な発言をしている歴史研究者である。彼は2007年4月、上海天長節爆弾事件で「日本の民間人に数名の被害者が出たのに、侵略元凶の爆殺と負傷を喜んだ中国の世論は、これを認識しなかった」と指摘し、さらに南朝鮮労働党の指導者だった朴憲永が「ごく少数の暴力による運動は必ず敗北する」と批判した事を紹介した。「最高のパルチザン大将(金日成のこと)が結局、最悪の独裁者に変身した韓半島の現代史を念頭に置くべきだ」(「ハンギョレ21」)と述べたのである。

 これに対して、伝統的右派の論客であるシン・ヨンハ氏(ソウル大名誉教授)が、朝鮮日報の紙面で「大韓民国臨時政府による特攻隊攻撃をテロと言うのは、歪曲であり誤解だ」と反論した。彼が「特攻隊」を賛美しているのが、笑止千万だ。日本軍の特攻機は体当たり攻撃によって、米国の民間人を殺傷したとでも言うのだろうか。

 もうひとつ。同書によると、尹奉吉記念館を建立したのも、「東亜日報」のキャンペーンによるものだと分かった。2008年当時の「東亜日報」会長は、金学俊氏だ。つい最近まで、国策機関「東北アジア歴史財団」の理事長だった人物だ。

 同書が引用した別の本には、「抗日義士」の顕彰作業が韓国内の政治に翻弄されたとの指摘もある。政権与党・民自党内の民正党系の代表人物だった朴泰俊氏(浦項製鉄会長)が、桜田門事件の李奉昌記念事業の会長であり、これに対抗して、民主党系のトップだった金泳三氏(のちに大統領)が、尹奉吉記念事業会の会長を引き受けたという指摘だ。「だから、あんな無神経な銅像と展示になっているのか」と、韓国政治状況を取材して来た僕は思った。


「中興の祖」に愛情なし!?


 朴正煕記念館。W杯サッカー場近くの麻浦区上岩洞にある。2012年になって、やっと出来た。3階建て。第1展示室「5・16革命と近代化」「輸出主導型、経済開発推進」「電力難解決のための苦闘」、第2展示室「高速道路建設」「セマウル運動」「産業開発」と、いかにも型通りだ。やっと第3展示室になって「人間・朴正煕大統領と陸英修夫人」となる。「まあ、なんと愛情不足の展示なのだろうか」というのが、僕の感想だ。
撮影:下川正晴
朴正煕

 朴正煕(写真)が政権を奪取した時、韓国はフィリピン、北朝鮮よりも貧しい国だった。殺された時「僕は大丈夫だ」と言った。陸英修夫人は、彼の後ろ姿を見て「この人と結婚しよう」と思った。20世紀を生きたアジアの政治家の中でも、傑出した人物だと思うのだが、現代の韓国人には、よく理解されていないようだ。その娘である現職大統領にしても、父親の偉業の真価がわかっているのかどうか、実に心もとないところがある。

 「朴正煕記念館」は、階段を登って2階から入場させる。いかにも旧時代の権威主義だ。1階の黒眼鏡をかけた警備員は、公開されている私邸(東大門区)に行ったこともないという。全体的に「朴正煕が可哀想だ」と思うしかない展示だ。

 初代大統領の李承晩にしても同様だ。鍾路区梨花洞にある私邸は、以前見に行った時「これが大統領の邸宅か」とは思えないほど、ぼろっちい住居だった。壁にベタベタと写真が貼付けてあり、ライバル政治家だった金九の記念館とは雲泥の差がある。2017年まで修復工事のため、いま休館中。再開館したら、期待せずに、行ってみたい。

 金鍾泌(キム・ジョンピル)を、知っている日本人も少なくなった。韓国の元首相。朴正煕とともに、軍事クーデターを起こした。89歳。不倒翁。彼が「中央日報」で連載した自伝を、評価する韓国人の声を聞いた。「今の韓国を作ったプランナー」という評価だ。果たしてそうだったか。まだ読んでいない僕としては、判断のしようがない。別の信用できる韓国人は「時々読んで来た」とだけ言った。

 残念ながら、金鍾泌氏とは長時間話したことがない。ただひとつ、忘れがたい記憶がある。金泳三政権がスタートした頃、毎日新聞の夕刊コラムに、僕は「韓国は人治社会だ。法治社会ではない」と書いた。彼が大統領になったとたん、野党時代には未解決だった刑事事件が、たちまち解決したからだ。

 僕のコラムを読んだJP(愛称)は、出入りの韓国人記者に「毎日新聞の特派員が、こんなことを書いているよ」と紹介した。それが韓国紙の政治面に載った。JPとしては、YS(金泳三)に対する牽制球だったのだろう。国会で僕の記事が引用される騒ぎになり、少し迷惑した。「月刊朝鮮」に僕へのインタビュー記事が載ったりした。
「人治の韓国。法治社会ではない」。いまではマンネリになった批評だが、当時は中国に対して使われる用語で、韓国に対しては「情の社会」(黒田勝弘さん)という言い方が一般的だった。黒田さんほど韓国に対する愛情がない(笑)僕は、ストレートに表現した。
 朴正煕の娘は、韓国を日本から遠くに連れて行った。生残ったJPは、いま、「韓国の将来」をどう思っているのか?