最も重要な選考基準はオリンピズムにある


 本年9月28日にOCOGがIOCへ提案する追加種目18を発表したが、種目として野球男子が入り、「野球は日本の国民的スポーツであり…」と詠われているように、日本人の多くは野球が追加種目になるのは当然だと思っているだろう。若者に聞いても野球が追加種目としては有力だという意見が多かった。追加種目を含むソフトボール、空手、スケートボード、スポーツクライミング、サーフィンに比べて知名度が高い。IOCの最終決定は2016年リオデジャネイロでの五輪時に開催されるIOC総会で行われるが、その選考基準は35項目に亘っている。

 何が最も重要な基準であるか? それを考えるヒントは、オリンピック運動を支えるオリンピズム(五輪哲学)である。なぜなら、それがために五輪大会は開催され続けなければならないからだ。端的に言えば、それは創設以来の理念、「スポーツを通して世界平和を構築する」である。そのためにはオリンピック競技大会は至高の競技大会でなければならない。それが至高であるから、各国は自らを代表する最も優れたアスリートを国を挙げて出場させる。そしてそれぞれのナショナリズムを背負った選手たちが競う合う中で、敵を認め尊敬することを学ぶ。それによって戦う前提であったナショナリズムも超越し、それが全世界レベルで共有される。オリンピズムとはナショナリズムを利用して、ナショナリズムを超克する思想なのである。

 そこで、最大の基準は「最上の選手の参加」である。サマランチ会長の改革は商業主義と揶揄される場合が多いが、それは「最上の選手の参加」という視点からプロ化の必要性を見抜いていたからと捉えることもできる。世界で最も強い選手が出る大会でなければオリンピックの理念に反することになる。この部分は現会長バッハも「アジェンダ2020」で引き継いでいて、プロリーグやIFとの連携で「最上の選手の参加」を確保することを重んじている。その意味で野球にはMLBの参画が必須であり、現状はこの点で相当厳しいものがある。MLBが五輪運動に賛同して選手の参加に協力できるようにならなければ、「アジェンダ2020」の求める五輪の持続可能性において脆弱である。追加種目として選ばれてもそれが持続的五輪競技となりえるかどうかもそこにかかっている。

東京ドームのライト側スタンド=2015年3月28日、東京・文京区(撮影・春名中)
 野球が正式に追加種目となった場合に一番の問題は競技会場である。「心配するな、東京ドームがあるじゃないか!」と言う人が多いだろうが、五輪期間中は五輪会場は特別な空間である。「スタジアム、 会場、その他の競技場エリア内とその上空は、オリンピック区域の一部とみなされ、 いかなる形態の広告またはその他の宣伝も許されない。スタジアム、会場、またはその他の競技グラウンドでは商業目的の設備と広告の標示は許されない」(オリンピック憲章第50条第2項)

 会場内は"Clean Venue"の原則から、TOPスポンサー(五輪の最上位スポンサー)であっても、広告が許されることはありえない。この点に関して、オリンピックは五輪の威厳を保っている。そうなると、現在、東京ドームに掲示されている全ての宣伝広告は撤去しなければならないことになる。

 ドームには既存の売店等が多数存在するが、それらはどうするのだろうか?五輪時もそこで商業活動を営むのならば、五輪スポンサーにならなければならない。そのために払わなければならないスポンサー料はとても小売業者に払える額ではないと思える。もし東京ドームを野球の主会場とするならば、少なくとも五輪スポンサー以外の業者は、最低でも五輪開催期間中はそこから撤退しなければならない。スポンサー企業が提供できないものについては、期間内営業について交渉の余地があるもののスポンサーにはfirst refusal right(第一拒否権)があり条件は厳しい。

 さらに大会期間中だけであるならば、16日間で済むが、リハーサル大会を行う場合は、本大会よりも宣伝広告禁止コードは低いもののそれなりの対処が必要になる。

 であれば、東京五輪のために新たに野球場を建築した方が容易に思える。が、それは、新国立競技場問題で揉めたばかりのOCOGに新たな財政的問題を引き起こす。そもそも「アジェンダ2020」は開催経費の節約について既存施設の有効利用を提言しているだけに、東京ドームの利用は推奨されるところである。しかし、実際の運営を考えるとその実現にはオリンピックの壁が聳えている。

 野球が五輪競技として磐石なる地位を築くことを真摯に考えるならば、まず日本の野球機構の矛盾を止揚しなければならないだろう。そもそも五輪代表を決める権利はその国のNOC(日本ならば日本オリンピック委員会=JOC)だけが有する。NOCが認証したその国あるいは地域で当該競技を統括する唯一のNF(国内競技連盟)だけがNOCに代表選手を推薦できる。しかし、日本にはプロ野球、社会人野球、学生野球があり、それぞれが自己の権威を保っている。五輪代表を選考するために言わば「便宜的に」全日本野球協会が設立され、JOCの傘下にあるが、IOCの基準からすれば、底辺からトップまで一環して統括管理し、選手育成、野球振興を図るために機能する野球統括組織の誕生が求められる。その道はMLBの五輪参画とともに険しいようだ。

 2008年の第29回オリンピック競技大会(北京)以来、姿を消した野球が第32回の東京五輪で復活するために超えなければならない壁は思いの外に高いのである。(敬称略)