「政治的に公平」に違反する事案が続く背景


 この卒論テーマ設定のきっかけは、NHKの要請でYouTubeにアップロードされた2013年3月8日の中山成彬議員の国会質問が削除されたことである。同日の衆議院予算委員会で、いわゆる従軍慰安婦問題について、辻元清美議員と中山成彬議員が正反対の立場から質問した。いずれもYouTubeにアップロードされたものの、NHKは後者についてのみ削除要請をした。この件は国会でも追及され、平成25年3月27日の参議院総務委員会では、亀井亜紀子議員がこの問題についてNHKの見解を問いただした。NHKの石田理事は、後日辻元議員の質問も削除要請したと答えたが、亀井亜紀子議員は削除に時間差があったことを問題視している。また、平成26年2月3日の衆議院予算委員会で、杉田水脈議員も、この問題を取り上げており、放送法4条にある「政治的に公平であること」に違反するのではないかと述べている。 

 上記の案件に限らず、近年のNHKの放送には、やらせや意図的編集など、公共性を疑わせる事案が数多く発覚している。こうした事案が続く背景として、NHKに公共性を担保させる仕組みがないことがあると考えられる。国会議員には選挙、裁判官には国民審査があるように、公権力に対しては国民によって何らかの選別・監視が行われる。一方、NHKは予算については国会の承認が必要なものの、それ以外については国民による監視が一切行われない。ふれあいセンターという苦情受付窓口はあるものの、そこで寄せられた視聴者の声を反映する義務はNHKにはない。放送倫理を審査するBPOも、その人選は放送局側によって行われており、放送局に甘い判断が下される傾向が顕著である。こうした状況を考えると、NHKに対して国民が自らの声を反映させる何らかの手段を確立することが必要である。受信料不払い運動はそうした手段の一つであるが、NHKを受信できる受信設備を設置している場合、それは放送法に違反する行為となる。そこで、合法的にNHKとの契約を拒否する手段を提供しようというのが、NHKを受信できなくする装置開発の目的である。

 筆者自身、NHKの存在意義を全て否定するつもりはない。震災時の報道は民放に比べてはるかに充実していたのは事実であり、また最近話題になった安保法制についても、民放は反対意見以外ほとんど放送しない中で、NHKは賛否両方の意見を取り上げていた。こうした報道姿勢については、公共放送として評価すべきであろう。しかし、公共放送らしからぬ振る舞いがあったとき、それに対して訂正、謝罪処分がほとんど行われていない点については、早急に改善される必要がある。

 さらに、不公平な受信料制度の放置も無視できない問題である。NHKの受信料不払いに罰則がないため、NHKを視聴しながら受信料を払っていない人が多数いる一方、NHKを全く見ない人でもNHKが受信できる状態にあることから、法律を遵守してNHK受信料を支払っている人がいる。この不公平な状態を解消するために、現在NHKの受信料支払いを完全義務化する案が、自民党を中心に検討されている。もちろん、負担の公平化は大事だが、NHKが抱える上述の問題を放置したまま受信料の支払いを義務化することには、国民の抵抗が強いであろう。受信料の支払いを義務化するならば、NHKが真に公共的な存在であり続けることを担保する仕組みが必要である。

 NHKの公共性を議論する上では、公共性の定義が重要になる。武田徹氏は著書「NHK問題」で、齋藤純一氏による公共性の3つの定義 official, common, openを引用している。このうち、今のNHKに著しく欠けているのが3つ目の公開性である。上述の通り、現在の制度下においては、契約者である視聴者はNHKに対して何の影響力も及ぼせず、NHKの放送を単に受け入れ続けることしか許されない。受信料支払いを強制するならば、NHKを国民に開かれたものにすることが必要不可欠である。具体的には、NHK理事やBPO委員を公選にすることが考えられる。会員の投票で理事を決定することはNPO法人や社団法人などの非営利・公益活動を行う法人でも義務化されている。国民に強制的に金銭的負担を課す特殊法人の役員が、国民の意思を全く反映せずに決定するのでは、これは独裁以外の何物でもない。

 もしNHKが国民に開かれた組織であることを拒むのであれば、スクランブル放送、民営化などの選択肢も考えざるを得ないのであろう。スクランブル化した場合も、緊急時の災害放送だけスクランブルを外すことは技術的に容易である。スクランブル化が実現すれば、コストと手間をかけてNHKだけ受信しなくする装置を導入する必要もなくなる。

 今後、これからのNHKの在り方についての議論が活発化すると予想されるが、NHKの既得権益を守る方向ではなく、国民の利益を最大化する方向で議論が進むことを願っている。