他者に対しどす黒い敵意を持った「連中」

 新潟日報上越支社の報道部長が、新潟水俣病3次訴訟の原告側弁護団長に対し、匿名のツイッターアカウントで引用するにも耐えない誹謗中傷を呟き、釈明・陳謝する事態になっている。ツイッター空間の中では「良くある」誹謗中傷を社会的地位のあるメディアの人間が行っていることが判明し批判が相次いだ。上越支社の報道部長は、「酔っていた」と陳謝したが、過去のつぶやきを総覧すると、その釈明も怪しくなる。つい先日には、自らの職権を利用して「ヘイト的」と見なされているアマチュアイラストレーターの投稿図版にFB上で「いいね」を押した人々の個人情報を不法に開示したとして、ある関係者に批判が集中し、物議をかもした。

 なぜ彼らが、ツイッター空間でのみ「暴走」するのかの解明は、容易ではない。「匿名の空間だと、人は本性をむき出しにする」というのが有り体な説明だが、匿名であることと誹謗中傷の展開には、応分の相関関係はあるとは思うが、それが全てを説明していることにはならない。なぜなら、ネット上で実名を用い、他者を誹謗中傷した結果、訴えられたり逮捕されたりするユーザーの事例もまた、近年あとを絶たないからである。

 結局のところ、ツイッター上で展開される誹謗中傷や罵詈雑言の解消のために、その理由を解明しようとする試みは不毛のように思える。この世界には一定程度、他者に対してどす黒い敵意を持っている人間が存在し、彼ら(或いは彼女ら)がたまたまツイッターという発信機を手にしていた、というのが、その理由の真実であろう。そういう連中には、ポジティブな意味での解決策というものは存在しない。なぜなら繰り返すように、この世界には他者に対して決して寛容になれず、他者を呪詛することに一定のカタルシスを見い出す「変人」が、ある程度の数、存在しており、それは多分時代が変わっても普遍的なものだろうからだ。結論としては、自滅を待つしか無い。

ツイッターをどう使えばよいのか

 さてツイッターでの罵詈雑言や誹謗中傷を抑制することに画期的な解決方法はないにしても、なるべくそういった「騒動」から遠く、巻き込まれないように「自衛」する方策はある。もっとも簡単な方法は、ツイッターを辞める(アカウント削除)ことだ。この至極簡単な方法に多くの人々が気づいて、ツイッターアカウントを削除する人も、私の周辺にもいる。単純明快な自衛策だ。

 かくいう私も、近年この方針に近づきつつある。とはいっても、ツイッターが退潮傾向にあると感じられるにせよ、いまだ国内で数千万のユーザーを保有している以上、宣伝や拡散のツールとしては重宝する人々も少なくはないのが実態だ。溜まりに溜まったポイントカードを簡単に棄てることの出来る人は、そんなに多くない。

 そこで、ツイッターを快適に使う自衛策として、発信者がつぶやく際に、特に意識し、遵守すべき点を、私なりに提示したい。

1) 猫と犬の話題(特に猫)
2) 観たアニメ・映画・ドラマ、読んだ本や漫画の感想(ただし全否定はいけない)
3) 今晩の夕食とランチの話題(ただし豪華であってはいけない)
4) 商品やコンテンツの宣伝(ただしこれは宣伝である、と明示した上で行う)

 ツイートの内容として、この四項目を遵守する限りにおいて、自衛策は完全に機能する。他者に対しどす黒い敵意を持ったユーザーも、850円のハンバーグ・ランチと猫の写真に対してはイチャモンを付けることは出来ないし、発信者も「火達磨」になることもない。

 ツイッターユーザーのすべてがこの四項目を守れば、罵詈雑言も誹謗中傷も存在しなくなるだろう。ただしそれが魅力的な空間であるか否かは別問題だが。