見捨てられる多くの健康被害

 もう一つの問題は、本来個人を救う症例重視派の人々が福島の放射能ばかりにばかり捉われることで、実際に原発事故によって起きた多くの健康問題が看過されていることだ。
 
 実際に福島で起きている健康問題の多くは、放射能の直接影響ではない。むしろによるそれよりも遥かに大きく、複雑である。以下に例を挙げよう。

1)大量避難による健康被害

 原発事故の直後、屋内退避指示の出た原発20-30㎞圏内では、住民は住むことが許されたものの、外からの支援は一切張り合ない状態となった。震災後2週間、この地域の住民を悩ませたものは、一も二もなく食べ物であった。食料も移動のためのガソリンも手に入らない中、多くの独居老人が衰弱死によりご自宅で命を落とした。
 一方、避難することもまた安全ではなかった。20㎞圏内から強制退避となった病院患者のうち数十名が、避難中、あるいは避難直後に環境変化に耐えられず命を落としている。
 
2)避難生活による健康被害

 そればかりではない。避難後の生活もまた住民の健康リスクを挙げた。福島県では、今でも長期の避難生活や失業状態が続いている人が多くある。避難による精神的ストレスは発がん率の増加にもかかわるし、喫煙や飲酒の増加にもつながりうる。あるいは放射能の懸念による食生活の変化、引きこもり、運動不足などにより、肥満・高血圧・糖尿病などの慢性疾患が悪化し、その結果脳卒中や心筋梗塞などの急性期疾患リスクが高くなっている人がある。
 
 福島では震災の直接死1600人に対し災害関連死が1900人と、関連死数が直接死数を超える状況だ。その背景には、このような放射能以外の膨大な健康影響があるのである。

 このような「事実」に、本来ならエビデンスは要らない。もし原発に反対したいのであれば、このような方々の声を丁寧に拾い、
 「このような被害に対して、再稼働している原発は対策を立てていないではないか」
と、非難すればよい。

 その手間を惜しみ、話題になるからといって子供につきまとい、「甲状腺がんが増えている」「危険だ」「逃げろ」などと騒ぎ立てる。これは人権擁護を模しながらも実際行っていることは差別であり、虐待である。
 

説得という名の暴力

 このような被害にあっているのは子供だけではない。たとえば私の住む相馬市では乳幼児から高校生まで、数千人という子供が生活している。しかしすべての家庭で完全な安心が得られているわけではない。今でも魚は産地に限らず1匹も食べていない、という高校教師もいれば、洗濯物は外に干さない、という母親もいる。
 
 そのような人達に対し、

「これだけ説明したのに何で安心して普通に生活できないのだ」

と説得しようとする人も、

「危険だと思っているのに逃げないなんて、子供を殺す気か」

とわざわざ言いに来る人も間違っている。

 ちなみにこの「間違っている」は、科学や理屈云々ではなく、「人殺しはいけない」というのと同じく人の心を傷つける行為として間違っている、という意味だ。専門家であろうがなかろうが、人としての最低ルールは守ってほしいものである。