韓国において、従軍慰安婦とはあくまで日本の官憲に強制連行された「性奴隷」であり、その総数は20万人である、というのがゆるぎない「常識」である。そして従軍慰安婦問題の「解決」が膠着状態にあるのは、全面的に日本政府の責任であり、日本政府が誠意ある態度を見せないからだという論調が大勢を占めている。そうした韓国において、朴教授の主張は非常に挑戦的なものであり、従軍慰安婦運動を主導してきた支援団体にとって、座視できないものであっただろう。朴教授を起訴した検察も支援団体や韓国内の一般世論を無視できなかったことは容易に想像がつく。

 今回の朴教授の起訴に対して、日韓両国では「言論の自由と学問の発展を阻害する」という憂慮の声が上がっている。しかし、より直接的な影響として、従軍慰安婦問題に関する自由闊達な論議を委縮させる、という結果を生むことは確かだろう。つまり「もの言わば唇寒し」といった状況である。従軍慰安婦問題の「解決」があるとするならば、その「解決」の前提になるのは「真相究明」であろう。

 かつて、「河野談話」の前提となった日本政府による「調査結果」の内容が、日韓の政治家の「協議」によって決められた、という経緯があった。このような「調査結果」は到底、真の「真相究明」とは言えない。本当の意味での「真相究明」のためには研究者の真摯で公平な研究姿勢と、客観性と普遍性を備えた研究結果が不可欠である。一般に信じられている俗説を批判したり、持論が特定の民間団体の主張と合致しないという理由だけで売国奴呼ばわりされるのであったら、誰しもそうした研究に尻ごみせざるを得ないだろう。ましてや刑事告訴される可能性があるというのでは、なおさらである。

 韓国国内ではそうした状況は広く一般に容認されるであろうが、日本ではそうではない。今回の朴教授の起訴は、これまで従軍慰安婦問題の「解決」を願ってきた日本人からも関心と意欲を失わせ、「真相究明」を彼岸のかなたに押しやってしまう、という否定的な効果を生む恐れがあるのである。