米国が営業秘密漏えい摘発に注力する理由


 米国議会は、1996年に「経済スパイ法」を制定し、営業秘密の窃取を連邦犯罪として扱うことにした。それまでは営業秘密の扱いは各州に任されていたが、連邦犯罪として、FBIの捜査対象に加えたわけである。

 その後20年近くの間、公表された事例だけでも、デュポンやダウ・ケミカルなどの化学産業、GMやフォードのような自動車産業、モトローラやマイクロソフト、テキサス・インスツルメンツといったIT産業、ブリストル・マイヤーズ スクイブやGEヘルスケアのようなヘルスケア産業、コカ・コーラやグッドイヤーのような消費財製造業、さらにはゴールドマン・サックスのような金融業に至るまで、数多くの一流企業が被害に遭っている。全米での被害額は1年間で130億㌦を優に超えるとの推計もある。

 こうしたことが早くから意識されている米国では、捜査当局は営業秘密侵害罪の摘発に、極めて熱心である。

 2年にわたって覆面捜査官を潜入させ、会社の本物の技術者を「おとり」に使って取引をもちかけ、現金の受け渡し現場に捜査官が乱入して外国企業の幹部を逮捕したという、映画顔負けのケースもある。

 また、8年にわたって営業秘密を外国企業に売り渡していた従業員を取り調べ、全面的な協力を約束させた上、新たなダミーの取引を持ちかけさせて外国企業の幹部を米国におびき寄せ、空港で逮捕するといったケースもある。司法省やFBIの責任者は、営業秘密の漏洩を防止するのが「テロ対策に次ぐ課題」だと繰り返し述べている。

 米国の当局が営業秘密侵害の取り締まりに熱心なことについては、二つの理由がある。

 一つは、営業秘密の漏洩を許しておくと、イノベーションへの投資意欲を殺ぎ、不正な企業に競争力を持たせることになって、市場の機能を損なうからである。特に外国に漏洩した場合は、米国の雇用が失われ、外国企業が競争力を持つこととなるから、事態は深刻である。もう一つの理由は、営業秘密の相当部分が、安全保障と直結するからである。米国で摘発される営業秘密侵害の多くが、中国を流出先とする事件である。

 たとえば、戦闘機の機体に使われる炭素繊維複合材料をみだりに中国に輸出すれば武器輸出管理法などで重罪となるが、それの製造方法が漏れてしまったのでは、結果は同じである。今日では、安全保障にとって重要な製品の多くが、民間企業の手で製造される。外国のスパイも、軍隊だけでなく、民間企業を標的にしているわけである。

 それを象徴するのが、昨年5月に、米国司法当局が、中国人民解放軍の現役軍人5人を起訴したことである。サイバー部隊に属する5人は、FBIのサイトで、顔写真入りで指名手配された。もちろん彼らが米国の法廷に出頭するはずはないが、捜査対象の広がりを示す、象徴的な意味はあった。今年9月に習近平国家主席が訪米したときも、オバマ大統領は、サイバー攻撃の中止を正面から要求したとされる。軍による執拗なサイバー攻撃を問題視していることが、そこにも表れている。