伝統的家族の出生力


 少子化・人口減少が、家族が再生産されずに、家が絶えていく問題であるならば、家族をつくって次世代に生命のバトンを渡していこうとする人びと、家系をつないでいこうとする家族ほど、出生力が高いはずである。実際、結婚時から親と同居する夫婦(1950―69年生まれ)は、別居する夫婦に比べて、第1子で20%、第2子で26%、第3子で39%、出生確率が高くなるという分析結果が全国家族調査データ(日本家族社会学会)を用いた計量分析によって得られている(拙著「少子化・人口減少の歴史的意味」、『比較家族史研究』2010年)。近居でも(同居ほどではないものの)似た傾向がみられる。

 とはいえ、結婚時から同居するような夫婦は少なくなり、最近では子どもが小学生高学年になったころに途中同居する傾向(二世帯住宅取得)にシフトしたので、居住実態だけでなく意識のレベルでもみた方がよいだろう。

 表1は伝統的な家族観と出生意欲の関連を分析した結果を、社人研の『第14回出生動向基本調査第・報告書』(調査年次は2010年)から引用したものである。ここでは、伝統的家族観を支持している夫婦と支持していない夫婦の理想の子ども数・予定の子ども数が比較されている(集計対象は結婚年数5年未満の夫婦)。一見して明らかなように、6つの項目のいずれにおいても支持派夫婦の理想・予定子ども数が不支持派を凌駕している。この調査では、伝統的/非伝統的家族観の指標として11項目が調査されているが、すべての項目で伝統支持派の出生意欲が不支持派を上回っている(6項目に絞ったのは紙幅の都合)。

 とはいえ、平均値の差は0・4~0・1人なので小さいと感じる向きもあるかもしれない。そこでわかりやすくこの差を子ども数に換算して示すと次のようになる。2010年の全夫婦(妻50歳未満)の出生順位別完結出生児数(結婚15~19年の子ども数)の分布――0人が6・4%、1人が15・9%、2人が56・2%、3人以上が21・6%で、平均1・96人――を前提にすれば、平均子ども数2・4人とは、夫婦の約40%が3人以上の子どもをもつ水準に相当する(『平成25年版厚生労働白書』の試算では43・5%が3人以上をもつ水準)。これは平均子ども数2・0人の場合の2倍の水準であり、決して小さな差ではない。

 一般にはあまり知られていないが、2000年代以降、日本人の家族意識は脱伝統から伝統回帰へと転換する傾向をみせている。表2に示したように、伝統的家族観の6項目中4項目で支持率の反転上昇を確認できる。「子どもは持つべき」のみ減少傾向が続いているが、これには晩産化に伴う不妊夫婦の増加が影響しているのかもしれない。

 伝統回帰は若い世代でより顕著であり、とくに1985年以降生まれの妻では全11項目中8項目で支持率が上昇している(未婚者でも似た傾向。同第・報告書を参照)。専門的には「脱家族化から再家族化への変化」と呼ばれるこうした傾向は、他の複数の社会調査でも確認されている統計的事実である(再家族化の動きはヨーロッパでも始まっている)。

 上記の分析結果が示しているように、伝統的家族観を保持する女性ほど出生意欲も強い。それゆえ、出生率を上昇させるためには、家族志向・多子志向の女性たちに照準して、財源を集中させて支援し、過去の脱家族化政策によって棄損されてしまった、家族をなして人の親になることの価値を再生していくことが必要である。しかしながら、従来の少子化対策は、どのような人びとが出生率回復の鍵を握るかという視点を欠いたままに、もっぱら総花的な福祉政策に終始してきた。こうした政策は、間接的に出生に働きかけようとするものだったため、その効果は限定的であり、福祉は向上したものの出生数の減少に歯止めをかけることはできなかった。もし現政権が「希望出生率1・8」を実現したいと本気で望むのであれば、再家族化の流れに乗って、より積極的な出生政策を実行することが不可欠である。

 しかしながら、このような出生促進策を提案すると、即座に脱家族化の立場から「結婚しない自由」「出産しない自由」を主張して、戦前のような「産めよ殖やせよ政策」だと批判する人びとが現れる。彼らは、社会的地位が高く声も大きいため、相対的に立場の弱い家族志向・多子志向の庶民の声をかき消すだけでなく、不幸なことに家族志向の人びとに自分たちの方が時代遅れの存在であると思わせてしまう。出生促進策を否定する人びとには、戦前の合計特殊出生率は低いときでも4程度の水準が維持されていたこと(データのある1940年は4・11)、それゆえ、当時は少子化・人口減少の危機にはなかった、という基本的事実をまず知る必要がある。そのうえで図2をみればわかるように、現在の我々には、年間100万人出生数を維持するだけでも困難なこと、増やすなど夢物語であることを理解してほしい――そもそも「産めよ殖やせよ」と批判するより前に、日本を取り巻く地政学的状況の悪化と気候変動や地震・火山による災害増加を踏まえれば、はたして年間50万人出生数で志願制の自衛隊を維持できるか否かを問うべきであろう。そのうえで、責任を伴わない行き過ぎた自由がどのような帰結をもたらしつつあるかを理解していただく必要がある。