少子化・人口減少の危機と選択的夫婦別姓制度


選択的夫婦別姓をめぐって弁論が行われた、最高裁大法廷 =4日、東京都千代田区の最高裁判所(荻窪佳撮影)
選択的夫婦別姓をめぐって弁論が行われた最高裁大法廷=11月4日、東京都千代田区の最高裁判所(荻窪佳撮影)
 最後に、本特集のテーマの1つになっている選択的夫婦別姓(別氏)制度の導入が、少子化・人口減少の危機の中で、どのような意味をもっているか考えてみたい。

 まず、夫婦別姓制度の導入は、親子関係だけでなく、祖父母・孫関係を混乱させることによって、出生率を大きく低下させる危険性が高い。前述した社人研の出生動向基本調査によると、最初の子どもが3歳になるまでに、夫妻の母親(子にとっての祖母)から「ひんぱんに」「日常的に」子育ての支援を受けた育児期夫婦(結婚10年未満)の割合は、妻が就業を継続している夫婦では65%に達し、専業主婦ないしパート主婦(再就業型)の夫婦でも52%に及ぶ。近年では、共働きを続けるために妻方に近居して子育て支援を受けつづける傾向や、育児期には妻方近居であっても、子どもが成長して個室が必要になると、夫方から土地・家屋の提供や金銭贈与を受けて、二世帯住宅に改築のうえ共住したり、近くに持ち家を取得する傾向が強まっているが(拙著「直系家族の現在」社会学雑誌2009年)、こうした多様な三世代関係が可能になるのは、外孫(姓を異にする孫)と内孫(姓を共有する孫)の分別が存在するからである。

 つまり、夫方祖父母が、かわいい盛りの孫たちを妻方祖父母に安心して託すことができるのは、孫たちと姓を共有することで最終的な所属が夫方にあることが慣習によって担保されているからである(それゆえ孫をとられる不安を感じている祖父母には「○○家の孫」であることを強調してあげるとよい)。いいかえれば、夫方祖父母が「名」をとり、妻方祖父母が「実」をとることで、両家の利害を調整している。少子化により、孫の数が減り続け、孫を持つこと自体が希少価値となって、夫方と妻方の間で孫の奪い合いが生じやすくなっている現状では、このように痛み分けによって親族関係を調整する慣習法は、ますますその重要性を高めているといってよい。

 ところが、夫婦別姓制度の導入は、外孫・内孫の分別を失わせて、力に訴えれば名も実も獲得できるという競争的状況をつくりだすことになる。夫方と妻方の親族関係を調整する慣習法の破壊は、祖父母という重要なサポート源を失わせることで子育て環境を悪化させて、次子を生み育てようとする意欲を低下させる可能性が高い。実際、専業主婦であっても、第1子において孫育てなどの支援がない夫婦は予定子ども数が低くなる傾向が指摘されている(出生動向基本調査)。

 選択的夫婦別姓制度の導入は、少子化を加速させるリスクの高い社会実験なのである。

 さらにいえば、両家の対立は夫婦関係をも不安定化させ離婚確率を上昇させて、母子家庭や父子家庭を増加させるだけでなく、家族・親族関係の混乱と緊張が子どもの心理的発達を阻害してDVや児童虐待など暴力の源泉となる可能性を否定できない。実験に失敗して問題が多発した場合の社会的・経済的コストは決して小さいものではなく、少なくともそれを誰がどのように負担するのかを考えておく必要がある。

 前述したように、団塊ジュニア世代の約3割が無子に終わることがほぼ確実となり、この中から巨大な「老後破産」人口が生まれてくる可能性は高い。日本国憲法第25条に従って、彼らの老後の生存を生活保護などのかたちで保障しなければならないのは、図3をみれば明らかなように平成生まれであり、「自分の個性や生き方を半分犠牲にしつつ」彼らを生み育てた家族である。残念ながら、我々にはもはやこれ以上の負担を背負う余力はない。

 結婚しない自由・出産しない自由をはじめとする再生産にかかわる自由は、伝統的家族観を保持して、次世代再生産の責任を自らの家族の再生産以上に果たす多子家族によって担保されてきた。いいかえれば、再生産水準(合計特殊出生率2・1)を維持するためには、子ども数0人と1人は、子ども数3人・4人によって埋め合わされなければならない。無子と少子の自由を保障するのは、子どもを3人以上もつ伝統的な多子家族なのである。現状では、再生産の自由が責任を極端に超過してしまっている。

 それゆえ、夫婦別姓制度の導入というハイリスクな社会実験は、合計特殊出生率が2・1近くを回復して社会の再生産が確実になるまで延期すべきである。それまでは、伝統的な婿養子慣行の再生(歴史的には武家においてでさえ盛んであった)によって対応するのが望ましい。

 最高裁判所には、わが国の歴史に禍根を残すことのないよう、少子化・人口減少の危機を精確に理解したうえで、後世の評価に耐えうる判断を求めたい。

かとう・あきひこ 昭和39(1964)年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。同大大学院文学研究科社会学専攻満期退学。博士(文学)。専門は家族人口学。明治大学助教授などを経て現職。著書に『現代家族の構造と変容』(共著)など。