私はこれを読んでおかしいと思いました。もし私が実際にサリン生成に従事していてこのような抗議を行ったのなら、確かに「反省していない」と言われても仕方ありませんが、この件については完全な冤罪なのです。自分のやっていないことについて「やっていません」という権利すら、私にはないと『週刊新潮』は言うのでしょうか? 

 私はどんなに長くても、あとたった数年で外の社会に放り出されます。地下鉄サリン事件の犯人だというレッテルを貼られた上、社会でそれを否定することすら許されないとしたら、私はどのように生きていけばよいのでしょうか。私は『週刊新潮』に「お前には生きる権利がない」と言われているように感じました。

 この回答書を呼んで深く傷ついた私は、声を上げて泣き出してしまいました。拘置所の職員さんが心配して声をかけてくれましたが、それに対して返事もできなかったのです。

 以前の私なら「やっぱりわかってもらえない」と、ここであきらめてしまっていたでしょう。しかし、私は「あきらめない」と固く心に決めていました。こちらが冤罪であることを主張しても、相手側がきちんとした事実確認を行わないままに私を犯人だと決めつけ続けるのであれば、訴訟を起こすしかありません。

 しかし、私はここで壁にぶち当たってしまいました。私は三浦さんにならって、マスコミ相手の民事訴訟を弁護士をつけずに本人訴訟という形で行おうとしていました。それが突然、あまりにも無謀なことのように思えてきたのです。抗議文を出しただけで、これだけ激しく攻撃されるのです。新潮社を訴えたとして、はたしてたった一人で最後まで闘えるのだろうか? と不安になったのです。

 仮に弁護士に代理人を頼むとしたら、刑事裁判でお世話になっている先生に頼むのがベストです。他の先生に頼む場合、私がサリンの生成に関与していないことを一から説明しなくてはいけないからです。しかし、刑事裁判だけでも大変なのに民事までお願いしてよいのだろうか? 私はそう感じていて、「民事訴訟を起こすかもしれません」とは伝えていたものの、内容証明を出したことや、ひどい回答書が届いたことまでは説明していませんでした。
「どうしてもあきらめたくない」という思いのもと、法律関係の本をひっくり返しながら、自ら訴状等書き上げてみましたが、どうしていいものか悩んでいるうちに数週間が経ちました。

 そして、今年の5月1日のことです。弁護人の先生が飛んできました。

 「菊地さんが内容証明を出したことが『週刊新潮』の記事になっているんですが……」

 『週刊新潮』は、私が抗議文を出したことを、本誌の記事上でも批判してきたのです。その記事には、「届かぬ被害者の言葉」という見出しのもとに、「被害者の重い言葉を踏みにじる」などと書かれていました。私としてはそんなつもりは全くありません。事実を事実として正しく報道してもらいたかっただけなのです。私はこの記事にも大変落ちこみましたが、結果としてこれがきっかけとなり、刑事裁判でお世話になっている先生に民事訴訟の代理人となって頂ける運びとなりました。こうして私は新潮社を訴えることになったのです。

【編集部より追記】以上の記事は、2017年12月27日、最高裁で上告棄却の決定が出て無罪が確定した元オウム信者・菊地直子さんが、月刊『創』2015年8月号に書いた独占手記です。執筆当時、菊地さんは1審で有罪判決が出され、東京高裁で控訴審を争っていました。その年に逆転無罪判決が出され、それが最高裁の決定で確定することになりました。手記の中で、菊地さんは『創』との関りや手記を書くに至る経緯をつづっています。当時、菊地さんは誤った週刊誌などの報道に悩み、抗議文を送るなどし、『週刊新潮』への提訴を決意しました。手記はそこで終わっていますが、その後手続きに時間を要しているうち、無罪判決が出るなどしたため、結果的に提訴は行われていません。