距離が遠いということは、コミュニケーションの問題も引き起こす。

 私たちは、電話で相手に話しかければすぐに相手から返事が来ると思いがちである。いや、思いがちというより、実際そうである。しかし、たまにテレビなどでみる衛星中継で、日本のスタジオと現地の記者との会話の間に微妙な間が入るシーンをご覧になったことがあるのではないだろうか。上空にある静止衛星の中継がいくつか重なり、かなりの距離を経由しないと中継電波を到達させられないときには、この世でもっとも速い光の速度でもコミュニケーションに微妙なギャップが生じるときがある。

 さて、火星はどうだろうか。6000万キロの距離では、光の速度で片道3分20秒かかる。通信をすれば相手の返答を得るのに7分近い時間が必要となるのだ。コミュニケーションさえ容易でないことがわかるだろう。実際にはより遠くにいるわけで、宇宙飛行士をリアルタイムで監視し、危険があるときにそれを地球上から警告するというわけにはいかない。

 コミュニケーションの問題は、宇宙飛行士の精神面にも問題をもたらす可能性がある。往復で数年間、数人のクルーとだけ過ごすという閉ざされた生活が、精神面に与える影響は未知数である。このあたりは有人火星探査を描いたSF映画でも描かれたりしており、多くの人にはおなじみかも知れない。また、現在は地球上でも少人数のクルーが長期間にわたって閉鎖環境で暮らすことで、その影響を探ろうという試みが続けられている。

 しかし、例えば地球とのコミュニケーションがリアルタイムでは不可能であるとすれば、問題解決はもっぱら自分たちで行わなければならない。家族などとのコミュニケーションも難しくなるだろう。精神的に大きな負担を追いながら、難しいミッションを達成してかなければならない。

最大の課題は予算


 しかし、もっとも大きな問題は、それを実現するための予算である。

 2014年6月に公表された NASAの火星探査に関する報告書では、有人火星探査に必要とされる予算は約40兆円と見積もられている。アポロ計画が全体で13兆円ともいわれている中で、それを3倍以上上回る予算を投じなければならない。いまはアポロのような冷戦下の1960年代のように、国家が仮想敵国への対抗措置として、あるいは国威発揚措置として無制限に近い支出を認められるような時代ではない。むしろどの先進国も財政赤字に苦しみ、国家としての宇宙プログラムの縮小の検討を迫られている。一国でこれだけの予算を支出するということは、いくら世界トップのGDPを生み出す国であるアメリカといえど現実的ではないだろう。

 そうなると、有人火星探査は国際共同プログラムとなる可能性が高い。

 いま進行中の宇宙開発の国際共同プログラムといえば、国際宇宙ステーションがすぐに思い浮かぶ。15カ国が参加したこのプロジェクトは、長年の検討を経て1998年に建設が始まり、2011年にようやく完成した。日本人宇宙飛行士も何度も滞在しており、日本人宇宙飛行士が国際宇宙ステーションからテレビなどで呼びかける姿もすっかりおなじみになっているだろう。

国際宇宙ステーション。Photo by NASA
 しかし、国際宇宙ステーションも永遠ではない。折しも先日、日本・アメリカ両政府は、日本が国際宇宙ステーションに2024年まで参加することを決定した。それは裏を返せば、2024年以降はわからない、あるいは「その次」に向かうということを示している。

 おそらく「その次」にやってくるのが有人火星探査なのではないかと私はにらんでいる。もちろん、その前段階の国際的な有人月探査計画、あるいは有人小惑星探査計画などが立案されるかも知れないが、あくまでそれらは最終的な有人火星探査計画のための布石であって、最終的には世界がまとまって火星に向かうというシナリオが生まれてくることになるだろう。

 実際、すでに有人宇宙探査プログラムは国際協調の時代に入っている。NASAや日本のJAXAを含め、世界14の宇宙機関が参加する国際宇宙探査協働グループ(ISECG)では、国際協調を前提とした有人宇宙探査プログラムについて継続して検討している。ISECGの現在のシナリオでは、2020年代には国際共同の有人小惑星探査プログラムを実施し、その検討結果を元に月への有人拠点(月面基地)を構築、2030年代に予想される火星探査へとつなげる形になっている。

 このISECGのような組織が元になって、今後は国際協調で大型の有人探査プログラムが進んでいくことになるだろう。有人火星探査もその意味では、「日本が日本のロケットで日本人を火星に連れて行く」のではなく、「国際協調の宇宙探査プログラムの中に日本も入り、その中で日本人を火星へ送り込む」という流れになると認識しなければならない。これは今の国際宇宙ステーションの枠組みともかなり類似した内容になってくるだろう。