一方、日本の宇宙開発の方針そのものにも変化が出てきている。

 昨年1月、日本の宇宙開発の方針を決める「宇宙基本計画」が改定された。本来5年おきに見直される計画だが、今回の改定は前回からたった2年しか経過していない。しかも、この改定では、安全保障と産業活動への貢献が大きくうたわれ、科学や有人宇宙開発はどちらかというと後退している。くくりとしては、「宇宙科学+有人宇宙開発」という形になり、有人宇宙開発は科学を目指す形になっている。

 ただ、これは実はかなり困った状態であると私としては考える。

 まず、安全保障や産業への貢献という、もっとも強く打ち出される部分の予算は手厚く保護され、減らされることはないだろう。一方、日本の宇宙開発関連予算はこのところずっと増えているということはない。国の財政事情が厳しい中で、増やせるということはまず考えられないし、実際そうなってこなかったし、将来もそうならないであろう。

 そうすると、重点項目を達成した上でさらに「宇宙科学+有人宇宙開発」を実現していくということになるのだが、ここで先ほどの「減らせない」という事情が影を落とす。もし宇宙科学により多くの予算を投じるのであれば有人宇宙開発を減らさなければならない。両方とも重要であるにも関わらず、この構図はお互いの縄張りを喰い合うことになってしまうのである。

 そのような状況の中で、日本が2024年までの国際宇宙ステーションへの予算支出を決めたということは、日本が有人宇宙開発を維持する、という姿勢を示したと考えるよりは、「とりあえずあと8年、様子を見よう」というふうに決めたようにも私には思える。国際公約の達成はあと8年で終わるから、それまではとりあえず我慢を、ということになるのかも知れない。

 日本の宇宙開発予算が拡大せず、さらに他の経費が圧迫するとすれば、日本としては有人宇宙開発をあきらめ、無人ロケットや人工衛星の開発に特化するという道を選ぶことになるかも知れない。そうすれば、国際宇宙ステーションの次にやってくると思われる国際火星探査には当然のことながら宇宙飛行士を送り込むことはできなくなる。日本人が火星の大地に立つ可能性はなくなってしまうかも知れないのである。

何か欠けている視点はないか?


 宇宙開発は、投入した資金とその成果がみえにくい事業である。また、技術的に成熟していない部分も多く、本来期待した成果が出せず失敗する可能性もある。さらにいえば、投資の回収は数年以降、場合によっては十数年、数十年先になるかも知れない。民間では難しい事業とされてきた。だからこそこれまで国が主導して実施してきたのである。

 また、宇宙について知ることは科学の発展でも重要である。そのような科学としての側面も重視されてきた。これもまた民間で賄うことは難しく、国が率先して行わざるを得ない状況であった。

 資源に乏しい日本は、科学技術立国としての道を歩まざるを得ず、その意味でも最先端科学技術である宇宙開発の技術開発は国として率先して進めなければならないものであった。それは確かである。

 だからこそ、国の国立研究開発法人である宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、そのウェブサイトにおけるJAXAの理念にもある通り、「政府全体の宇宙開発利用を技術で支える中核的実施機関」として、日本のあらゆる宇宙開発事業を推進してきた。JAXAはこの4月、国立研究開発法人への改組を果たしたばかりである。

 確かに、JAXAはこれまで…いや、その前身である宇宙開発事業団や文部(科学)省宇宙科学研究所の頃から…研究開発中心の姿勢であった。宇宙開発事業団はロケットや衛星の技術開発を、宇宙科学研究所は宇宙科学の進展を図ることを目的としている。それはこの2つ(正確にはさらに航空宇宙技術研究所を加えた3つ)の組織が合併したJAXAとなっても基本的な姿勢に変化はない。

 しかし、その姿勢がこの先もそのままでいいのだろうか。

 この10年、宇宙開発を取り巻く環境は大幅に変わってきた。

 国際宇宙ステーションの完成と本格運用によって、日本ははじめて、きわめて大型の国際宇宙プロジェクトに乗り込むことになった。もちろん、国際宇宙ステーションも開発要素や科学要素(例えば、ステーション内での科学実験など)があることは確かだが、それ以上の意義としては、宇宙という場で一緒になって力を合わせることで、これらの国が共有の価値観を構成していることを世界中に示すということにある。それは科学技術ではなく、むしろ外交の側面が強いものであるといえよう。

 にもかかわらず、JAXAが示す国際宇宙ステーションの意義はどうしても科学技術に向かってしまう。あるいは広報的な側面を強調せざるを得ない。これが、先ほどの河野行革相の言葉にも影響しているように思われる。

 これは、JAXAに脈々と流れている「科学技術中心」、さらにやや言葉は悪いが「科学技術偏重」という流れに沿ったものであるかも知れないが、それ故に国際宇宙ステーションに日本が、さらにいえばJAXAが参加することに、特に投入する資金面から異を唱える動きにつながってしまうのであろう。

 科学技術の進展のために膨大な資金が必要となる国際宇宙ステーションへ参加するというのは、確かにその科学的な成果からすると割が合わない。しかし、価値観を同じくする同盟国との協調外交の一環であると考えれば、その投入資金についてもある程度説明ができるのではないだろうか。