フロンティアへ挑む、という考え方


 日本は第2次世界大戦後、復興景気や輸出を中心とする高度経済成長、そしてバブル景気と、一時期の落ち込みはあったものの50年間順調な経済成長を続けてきた。しかし、1990年以降はデフレという言葉に代表される低成長に苦しんでいる。アベノミクスの恩恵が議論されているさなかではあるが、それであったとしても、日本経済は世界的にみてジリ貧である。

 中国のGDPが2010年に日本のGDPを追い抜いたことはみなさんの記憶に新しいと思うが、グローバルな視野でみると状況はかなり悪い。2014年のドルベースでの1人あたりGDPは、日本は世界27位。イタリアやスペインとほぼ同じレベルである。

 日本はなぜ、このように低迷しているのか。それは、これまで成功した産業にこだわりすぎて、新しい産業を起こす力が足りないからではないだろうか。

 日本は世界トップレベルの技術力を持っているにも関わらず、それを活かす、さらにはそれをさらに伸ばせるフィールドに挑んでいない。そのために、今までと同じことを行い続け、世界の他の国や企業に市場を奪われている。

 では、「それをさらに伸ばせるフィールド」とは何か。それは宇宙である。

 地球周辺の宇宙ではなく、月や小惑星、さらには火星といった未知、かつもう少しで手が届くという領域は、私たちの技術を試すことができる絶好の場所である。そこで得られた高度な技術やノウハウは、他の国や企業がそう簡単に手ができないものであり、日本として、あるいはその企業としてかけがえのない資産になる。挑み続けてこそ、私たちは何かを得られるのである。同じことをやっていてはやがて他の国や企業に追いつかれ、滅んでいってしまうのである。

 フロンティアに挑む、あるいは極限に挑んでいくという考え方は、自動車でいえばF1のようなものである。

2013年11月、火星探査機の模型を手にするインド宇宙研究
機構(ISRO)のラダクリシュナン議長(AP=共同)
 私はかつて、拙著『惑星探査入門』の最終章で、月・惑星探査はF1のようなものと述べた。極限の環境に挑むことで得られた技術は、必ずや地球周辺の宇宙開発にも応用され、さらにはその宇宙技術は地上の産業にも応用される。また、極限に挑むということは、その国、その企業の技術力を高く宣伝することにもつながる。

 インドが火星探査機「マンガルヤーン」を2014年に火星周回軌道に投入させたことを考えて欲しい。これまではどちらかというと技術的な側面でも疑問符を付けられていたインドの宇宙技術が、「うちは火星にも衛星を投入できますよ」という実績によって一気に注目されたのである。しかも、低価格というおまけまでついて。

 インドはこの火星探査機の成功を機に、厳しい競争が待ち構えるロケット打ち上げビジネスに乗り込もうとしている。諸外国の専門家も、インドの可能性に大きな期待を寄せている。

 フロンティアへ挑むということは、経済の発展、外交の側面での立場の強化、さらには国民の団結という効果をも生み出す。もちろんお金はそれなりにかかるが、人と同じことをやって衰退していくより、人と違うことを行って経済や社会を浮揚させることこそが、いまの日本に求められていることなのではないだろうか。

 無人ではあるが、2010年に小惑星のサンプルを地球に帰還させた「はやぶさ」のブームは記憶に新しい。帰還後に映画が3本も制作され、関連書籍は40冊を超えた。その後起きた東日本大震災で日本中が打ちひしがれる中、「はやぶさ」の成果は日本国民に希望を与えた。そして、いまに至る息の長い宇宙ブームが続いている。いや、この宇宙ブームは定着したと考えてよいだろう。

 子どもたちが宇宙開発に並々ならぬ興味を示し、中学・高校生たちが将来は月・惑星探査に加わりたいと尋ねてくる。私もあちこちで講演やイベントを行うが、「はやぶさ」以来、子どもたち、いや大人をも視線が全く違うものになった。そう、今こそフロンティアに大きく踏み出す絶好のチャンスなのだ。

 有人火星探査に参加すること、さらにいえば国際的な探査の枠組みに参加するということは、日本もそのような国際的な流れを十分に認識した上で、同じような流れの中で宇宙開発を進める、ということを他国に対して示すということにつながっていく。将来数十兆円、あるいはそれ以上の富を生み出す可能性がある宇宙資源開発や、日本が強みを持つ宇宙太陽光発電において、他国と競争と協調を行いながら進めていく、ということを示すためには、このような国際共同プロジェクトでの協力も必要になる。

 宇宙開発は、本格的な国際共同、国際協調のビッグミッションの時代の只中にいる。それはこれまでの日本の宇宙開発の「技術中心」「科学中心」の流れとは異なる枠組みと進め方で進めていかなければならない。ことによっては、火星に立つ日本人はJAXAの宇宙飛行士ではないかも知れない。しかし、時代は変わっていくものであり、私はそれでもよいと考えている。

 国際共同プロジェクトの有人火星探査に日本人が入り、火星に日の丸を立てる。その日を迎えるためには、私たちは宇宙開発が必ずしも技術や科学だけではなく、外交や経済など広い側面を持ったものであることを認識しなければならない。そのために政府の組織を最適化し、予算もそれに合わせて最適化するとともに、場合によっては民間資金の導入も呼び込んでいき、まさに「オールジャパン」で向かって行くことが必要であろう。なぜなら、火星というフロンティアに立つということだけが目的なのではなく、それに向かって様々な努力を進めていくことが、日本の将来的な経済発展や国際的な地位の強化につながっていくことを意味するからである。

 火星に立つ日本人は、そのような「尊敬され栄える日本」のシンボルになるのである。