逮捕状請求のきっかけになったのは、よど号グループの最年少だった柴田泰弘と結婚した八尾恵の、ある裁判での証言だ。ロンドンで有本恵子さんと知り合い、よど号メンバーの安倍公博と北朝鮮の工作員に引き継いだという証言をしたのだ。

 逮捕状請求の背景には、2冊の本の存在も大きい。1冊は、ジャーナリスト高沢皓司が1998年に出版した『宿命』であり、もう一つは2002年に八尾恵が書いた『謝罪します』だった。どちらも、よど号グループがヨーロッパに出入りし、在欧の日本人に接触する様子が書かれていた。二人は、結局、よど号グループと対立することになるのだが、この間の事情も複雑なので触れる余裕はない。

 最後に彼らの立場を紹介しておく。

 まず、ハイジャックに関しては確かに自分たちの罪であり、どんな大義があろうとも、暴力をもって人を拘束したり、恐怖を与えたり、命を危険にさらすようなことは間違いであった。それについては謝罪もするし、日本で裁判を受ける用意がある。

 しかし、仲間の3人に掛けられているヨーロッパの拉致疑惑は、自分たちはまったく関わりがない。なので、逮捕状の取り下げと、これをはじめとするよど号グループの政治利用については、日本政府に謝罪を要求する。それが果たせた段階で帰国し、ハイジャックについての裁きを受ける。

 これが、今の彼らの立場だ。こう書いたが、いまひとつ説明し切れないのが、「よど号を巡る政治利用」という箇所だ。日本とアメリカと北朝鮮の政治の渦の中で、よど号の人達の運命はさまざまに翻弄された。アメリカによる北朝鮮の「テロリスト支援国家」指定の理由に「よど号グループを匿っていること」が挙げられたこともある。結局、彼らの処遇はそのままで、アメリカはテロ支援国家指定解除に応じたのだが。

 私はフリーの編集者をしている。上で紹介した彼らの手記『「拉致疑惑」と帰国』(河出書房新社)は、私が編集に携わった。その関係もあり、2012年から6回ほど、ピョンヤンの彼らのもとを訪ねた。

 もちろん彼らには、結婚目的誘拐罪や、それ以外の時期の活動については、問いただした。答えはもちろん、上に書いた通りだが、私が受けた印象は、果たして彼らがそんなこと(ヨーロッパ拉致)をする必要があっただろうか、なかったのではないか、というものだった。

 実は、6回の平壌訪問をもとに、私は講談社プラスα新書から『テレビに映る北朝鮮の98%は嘘である』と言う本を著した(2014年9月刊)。そこに、上のような印象を記したところ、アマゾンのレビューでは「エビデンスも示さずにそんなことを言っても駄目だ」という激しい批判を受けた。それは確かに言えることだが、前記の手記でよど号グループも書いているように、「やってないことの証明は難しい」。

 私は、彼らに会い、彼らの説明を受け、思った通りを書いただけだ。エビデンスと言われても困る。では聞くが、その評者は何かエビデンスを持っているのだろうか。彼らについて書かれた著作や新聞の情報(ほとんどが公安警察情報だが)から、自分なりの印象を組み立てて確信としているだけだろう。だったら私の印象も、貴重な第1次情報なのであるから、判断材料の一つにしていただきたい。そう願うだけだ。

 ひとつ、付け加えておくと、よど号グループは、結婚目的誘拐罪の逮捕状の撤回を求めて国家賠償訴訟を行なった。結婚目的誘拐罪は親告罪なので本来は被害者本人かその家族の訴えが必要なのだが、それが示されることもなく、また逮捕状請求の根拠も明らかにされることなく棄却された。

 彼らは、ヨーロッパ拉致に関して、日本の警察の事情聴取には応じると言っている。そんな折にでも、当局が持っている捜査資料がすべて明らかにされれば、実は無実の「エビデンス」がそこに含まれているのではないか。ひそかにそんなことも考えている。