「ルーカスを否定しつつ、尊重する」という縛り

 素材にも金が掛かっている。帝国軍のTIEファイターがミレニアム・ファルコンを追尾する冒頭の戦闘シーンから始まり、終劇するまで兎に角「豪華」だ。「高い店でうまい飯」を食うのが好きな人にとっては最高の、映像的快感が連続する。

 しかし、このSWという「高い店のうまい飯」には、縛りもある。それは、言わずもがなSWはルーカスが産み落としたという事実だ。SW7とJJはこの縛りから逃げることは出来ない。なぜなら、「父であり母である」ルーカスを否定すると70年代から世界中に熱狂的に存在するSWファンから袋叩きに合うし、かと言ってルーカスを尊重し過ぎると、これまた同様の人たちや「新しいファン層=顧客」から「新鮮でない、物足りない」としてバッシングされる。
『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(C) 2015Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved
『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(C) 2015Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved
 「ルーカスを否定しつつ、尊重しなければならない」という、トリプルエックス級の難しい難題に挑んだのが、気鋭の料理長JJというわけだ。この、「否定しつつ尊重した上で、新しい創造を」みたいな、一見「海原雄山的難題」の解決は不可能にも思えるところだが、そこはさすがJJ、見事に調理している。

 SW7のあらゆるところにルーカスの否定と尊重が垣間見える。ネタバレはまだ未見の読者諸兄に非礼なのでしないが、例えばファーストカットのスター・デストロイヤーの登場の構図だけは言わせてほしい。

 その構図は、ルーカスとJJでは真反対である。SW4において、画面上からいきなり「ぬぅ」と登場し、観客の度肝を抜いた巨大な構造体=スター・デストロイヤーこそ、SWシリーズ全体の中でもっとも象徴的構図だが、これがSW7では反転している。つまりルーカスは上から、JJは下から船を登場させている。これは極めて意図的なカットだ。一瞬「ルーカスDisか?」と勘ぐるも、そこはJJ、きちんと本編で「リスペクト」のフォローを次々と繰り出している。

 出て来るべきところには出て来るべき人物が登場し、やるべき場面ではやるべきことがなされている。きちんと随所で「ルーカス・リスペクト」の踏み絵を踏んでいくJJ。この微妙な綱渡り感覚は、やや慎重に過ぎるとしても画面的に不愉快にはならない程度である。このさじ加減は上手いと思う。

 「ルーカスを否定しつつ、尊重しなければならない」という枠組みの中においてはJJは最高の働きをしたし、またそれには「金が掛かっている」から、やはりSW7の鑑賞は、2時間強、温泉にでも入っているような愉悦だった。

 そう、だから私はSW7を「高い店でうまい飯を食った」と形容する。私にとってSW7は全然美味しいディナーだった。しかし冒頭から繰り返すように、「高い店がうまい」のは当たり前のことだし、それはグルメではない。そういう意味でSW7は、「次の週末にも一人でいこう」とは思わない店だ。