憲法9条の改正も展望して
 「国民の命を守る」ということに加え、共産党が安全保障政策を立案する上で基礎となるもう一つの考え方があった。それは「立憲主義を守る」ということだ。憲法に合致した手段で戦うということである。そして、この二つの考え方の両方を貫こうとするため、「可能なあらゆる手段」ということの内容に、いろいろな制約が課されてきたのだ。

 まず、侵略された場合、実力組織なしに対抗できないというのが共産党の考え方なわけだから、戦力の保持を否定した憲法九条のままではダメだということになる。いまではそんなことを覚えている共産党員は皆無だろうが、当時、共産党にとって、憲法9条というのは平和主義に反するものだという認識であった。

 「将来日本が名実ともに独立、中立の主権国家となったときに、第九条は、日本の独立と中立を守る自衛権の行使にあらかじめ大きな制約をくわえたものであり、憲法の恒久平和の原則をつらぬくうえでの制約にもなりうる」(「民主主義を発展させる日本共産党の立場」、75年)

 9条では恒久平和を貫けないというわけだ。その結果、当然のこととして、憲法9条を改定することが展望されていた。

 「(日本が)軍事的な意味でも、一定の自衛措置をとることを余儀なくされるような状況も生まれうる」(したがって)「必要な自衛措置をとる問題についても、国民の総意にもとづいて、新しい内外情勢に即した憲法上のあつかいを決めることになるであろう」(「日本共産党の安全保障政策」、68年)

 こうして、名称は決められていなかったが、戦力としての自衛戦力をつくるとされていた。徴兵制ではなく志願制とすることなども打ち出されたことがあった(『共産党政権下の安全保障』、79年)。

当面の方針は「憲法改悪阻止」
 こうして9条を改正するというなら、それはそれで矛盾はないことになる。社会党の「非武装・中立」とは反対の意味で、すっきり単純なことだった。しかし共産党は、九条の改正は将来のことだと位置づけ、当面は変えないという態度をとる。

 その理由の全体は複雑であり、読者を付き合わせると混乱してしまうだろう。よって紹介するのは二つだけに止める。

 一つは、自民党が9条を変えようとしていて、改憲問題が焦点となっていたわけだが、自民党の改憲の目的は、現在では誰の目にも明らかなように、集団的自衛権の行使にあったからである。つまり、九条の改憲が政治の舞台で問題になる場合、当時の焦点はそこに存在していたのであって、当面は「憲法改悪阻止」という立場が重要だという判断が存在したのだ。

 二つ目。当時、共産党が連合政府の相手として想定していたのは、いうまでもなく社会党であった。その社会党は9条を変えるつもりはなかった。そういう事情もあったので、当面めざす連合政府は、憲法の全体を尊重する政府になるという判断をしたのである。社会党との連合政府のもとでは憲法改正には手をつけず、自衛隊は縮小し、やがては廃止することになるということであった。

律儀に解釈した結果、矛盾が広がる
 この結果、自衛隊についていうと、次のようになる。当面の社会党との連合政府では、自衛隊は縮小し、最終的には廃止される。そして将来の政府においては、憲法を改正することによって、新しい自衛戦力をつくるということだ。

 侵略された場合、「可能なあらゆる手段」で反撃するというが、その手段はどうなるのか。自衛隊の縮小過程においては、「可能なあらゆる手段」の中心は自衛隊だが、廃止してしまった後は、それこそ警察力しかなくなるということだ。そして、憲法を改正することによって、新しい自衛戦力が「可能なあらゆる手段」に加わってくるということである。

 これは大きな矛盾を抱えていた。これらの過程を「国民の総意」で進めるというわけだが、その国民の総意が、自衛隊の縮小から廃止へ、そしてその後に再び自衛戦力の結成へというように、相矛盾する方向に動くものなのかということだ。

共産党の宮本顕治中央委員会議長=1997年7月29日、代々木の党本部
 当時、共産党も、自衛隊の縮小はともかく、国民がその廃止に納得するとは思っていなかった。1980年に出された政策において、「(社会党との連合政府のもとで)独立国として自衛措置のあり方について国民的な検討と討論を開始する」としたのである。

 これも一般の人には意味不明だろう。社会党との連合政府は憲法の全体を尊重する政府であるから、憲法改正をしないわけだが、それにとどまらず憲法改正問題の「検討と討論」もしないとされてきた。この政策によって、その態度を変更したというわけだ。

 ここには立憲主義をどう理解するかという問題がかかわってくる。いうまでもなく憲法第99条は、大臣、国会議員その他公務員の憲法尊重義務を課している。その憲法のもとで、しかも憲法を尊重すると宣言している政府が、憲法の改正を提起できるのかということだ。

 共産党はそこを律儀に解釈して、連合政府では憲法問題の議論もしないとしてきたのだが、それでは自衛戦力が存在しない期間が長期化する怖れがあった。この政策が出された記者会見で宮本顕治委員長(当時)が説明したのは、まだ自衛隊が縮小しつつも存在している間に議論を開始し、自衛戦力の必要性について「国民の総意」を形成することによって、将来の政府ではすぐにその結成に(憲法改正にということでもある)着手できるようにしたのである。自衛戦力の存在しない期間をそれによって最短化することを示し、国民の理解を得ようとしたわけであった。