二、憲法9条を将来にわたって堅持する時代の矛盾


憲法9条に対する態度の大きな転換
 「中立・自衛」政策は、1994年になって大転換する。「中立・自衛」というのは、以上見てきたように、憲法改正を含意した概念だったわけだが、この年、憲法9条を将来にわたって堅持する方針を打ち出したのだ。

 「憲法9条は、みずからのいっさいの軍備を禁止することで、戦争の放棄という理想を、極限にまでおしすすめたという点で、平和理念の具体化として、国際的にも先駆的な意義をもっている」(第20回大会決議、94年)

 かつて「恒久平和をつらぬくうえでの制約」としていた九条の評価を大転換させたのだ。そのもとでは、「侵略されたらどうする」という問題への回答も変わらざるを得ない。かつての社会党と同様、「警察力」で対処するのが基本だということになっていく。

 「急迫不正の主権侵害にたいしては、警察力や自主的自警組織など憲法九条と矛盾しない自衛措置をとることが基本である」(同前)

 劇的な転換だった。とりわけ自衛戦力が必要だとしてきたかつての立場との関係をどう説明するかは難問だった。憲法の問題を担当していた共産党の幹部が、次のようなことを書いた。

 「今日では、なんらかの軍事力に恒常的に依存するといったことなしに日本の独立と安全をまもることが必要かつ可能であり、日本がそうすることが世界の平和にとっても積極的な貢献となること、この点で日本国憲法の規定は国際的にも先駆的な意義をもっていることが、いよいよ明白になってきている。将来における自衛措置の問題についての日本共産党のかつての提起も、もともとどんなことがあっても、かならずや憲法を変えて自衛の戦力を保持するのだというのではなく、情勢と国民の総意によるというものであったが、今日では第九条の将来にわたる積極的な意義と役割をより明確にしておくことが重要である」(「赤旗評論特集版」94年7月20日)

転換を生んだ時代背景
 これはこれでスッキリとはしている。しかし、かつて批判してきた社会党と同じ立場をとるわけである。この決定があった年、私は共産党の政策委員会に勤めることになり、しかも安全保障問題の担当者となったので、どんな批判が寄せられるかと心配していた。ところが、共産党員からの反発はあまりなかった。

 なぜ共産党員に戸惑いがなかったのだろうか。これまで説明してきたように、「中立・自衛」政策というのはあくまで将来のことと位置づけられていた。当面の焦点は「憲法改悪阻止」であったので、共産党員は「九条を守れ」という立場で活動していた。何十年にもわたって日常的には九条の意義を語っていたわけである。将来の「中立・自衛」政策のことなど議論する場もなかった。その結果、共産党が憲法改正を展望していることなど自覚されず、そのことを知らない党員が多数を占めていったのであろうと思う。

 時代の変化もあった。戦争がなくならないという現実に変化はなかったが、その戦争に対する国際世論には変化があった。たとえば国連総会は長い間、アメリカやソ連が戦争をしても見過ごしてきたが、79年、ソ連のアフガニスタン介入に際して反対決議をあげた。83年にはアメリカのグレナダ介入に対する反対決議も可決した。そうした変化は、戦争がなくなるとまでは断言できる変化ではないが、少しずつそういう方向に世界が動くだろうということは予感させるものだった。ソ連が崩壊して、冷戦も終わりを告げた。

 共産党の大転換は、そのような時代状況の産物だったのだ。

自衛隊活用論への転換
 しかし、さすがに侵略に対して「警察力」で対応するという政策は、共産党員の間ではともかく、国民の間では通用しない。私がいた部署は、選挙で国民に支持されるための政策をつくる部署だったので、国民と接触する機会が多く、「ミサイルが落とされたらどうするのか」という質問などが常に寄せられるのだ。それに対して当時、「警察力で撃ち落とします」などといえるわけもなく、「落とされないように外交努力をするのです」と答えながら、心のなかでは「通用しないよな」と思う日々が続くことになる。

 そこに変化が生まれたのが6年後である。この年、共産党は、自衛隊と9条の「矛盾を解消することは、一足飛びにはできない」として、自衛隊の解消が現実のものとなる過渡期には自衛隊を活用するという方針を全国大会で打ち出す。

 「(自衛隊と9条との)この矛盾を解消することは、一足飛びにはできない。憲法九条の完全実施への接近を、国民の合意を尊重しながら、段階的にすすめることが必要である」
 「そうした過渡的な時期に、急迫不正の主権侵害、大規模災害など、必要にせまられた場合には、存在している自衛隊を国民の安全のために活用する。国民の生活と生存、基本的人権、国の主権と独立など、憲法が立脚している原理を守るために、可能なあらゆる手段を用いることは、政治の当然の責務である」(第22回大会決議、2000年)