翔鶴から発進準備中の零戦(21型)
翔鶴から発進準備中の零戦(21型)

最後通牒の要件


 日本政府が最後通牒をワシントン時間午後一時に米国政府に手渡すことが遅れたことは書籍や映画で何度も取り上げられており、開戦にいたる重要なエピソードになっている。しかしこの時手渡された覚書は宣戦布告とみなされるものではない。「よって帝国政府はここに合衆国政府の態度に鑑み今後交渉を継続するも妥結に達するを得ずと認むるの外なき旨を合衆国政府に通告するを遺憾とするものなり」と結ばれている。交渉が妥協点を見いだせなかったとは振り出しに戻ることであり、次のステップが戦争であると伺わせる言葉は全くない。外交関係の断絶や外交団の召喚にも触れていない。

 ルーズベルト大統領も十二月八日の有名な「屈辱の日」のスピーチにおいて、十四部の覚書につき、「この回答は現在の外交交渉を続けることが無用であると思われると述べているが、戦争もしくは武力攻撃の脅しやそれを伺わせるものは何も含まれていない」と述べている。野村、来栖大使も覚書を手渡し戦争勃発と知り驚いたとされる。枢密院の会議を経て帝国政府による英米に対する正式な宣戦布告がされたのは東京時間の十時四十五分(真珠湾時間十五時十五分)であり攻撃開始の七時間後である。最後通牒手渡し遅延のエピソードが定着しているが、ことの本質を惑わすものである。

 山本は最後通牒が予定通り通告されたか最後まで気にしていたというが、その指揮下の潜水艦はその前日に米国領海内においてラハイナ泊地の偵察を行い、特殊潜航艇は前夜に領海侵犯し、水上偵察機による領空侵犯が一時間前になされている。


主要な攻撃目標


 山本は真珠湾攻撃の実行可能性について大西瀧治郎少将に意見を求めたが当初の結論は非常に困難で全滅の恐れもあるというものであった。大西は第一航空艦隊の航空参謀源田実に検討させ「困難ではあるが不可能ではない」との感触をえた。源田は奇襲が肝要と考えていた。主な目標は敵主力艦で陸上の飛行機にも高い優先度を与えた。真珠湾は獲物が豊富であり魚雷、爆弾、戦闘機を用いたバランスの取れた攻撃を勧告した。多くの目標に軽い損傷を与えるより、主要目標に大きな被害を与えるべきと主張した。

 主要目標としては第一に主力艦、第二に日本の攻撃機及び軍艦の安全を確保するための目標、第三に基地インフラ及び補給施設である。大西は修正の上、源田案を採用、山本に提出、真剣な実行計画の検討が開始された。目的は米艦隊を六カ月釘付けにする被害を与えることである。修繕施設がフルに稼働しても魚雷、爆弾により達成可能とされた。


97式艦上攻撃機
97式艦上攻撃機



99式艦上爆撃機
99式艦上爆撃機