計画の全体的印象


 日本軍は非常に早い段階で魚雷と水平爆撃機の配分を決めていた。艦上攻撃機の殆どは最初雷撃訓練を受けるべきだった。その間に爆撃の指揮官を十分訓練しておく。結果として雷撃隊はより少なくてよいとなったら雷撃要員を爆撃にふりむけることは容易だ。爆撃は指揮官に続けばよいので雷撃ほどの技術は要しないからである。日本軍は優秀な諜報を受けながら十分いかしきれなかった。もし搭乗員が雷撃も高高度爆撃もできるように訓練しておけば出撃直前の水雷防御網、停泊戦艦、空母数、並列停泊戦艦数の諜報に基づいて最も適切な割り振りが出来たはずである。この柔軟性の欠如によって計画が達成できたであろう戦果が制限された。

 計画はその時点における最先端の利用できる戦術と技術を使ってはおらず、明らかな問題を予測できなかった。戦艦を対象に海上で演習した兵器を結び付けたアプローチをしなかった。計画も計画者自体も著しく柔軟性を欠いており変化する条件や諜報に対応する決定プロセスが組み込まれていなかった。予行演習によって明らかになった問題に対しても計画は対応していなかった。三種類の飛行機全てについて割り当ての決定も目標の優先順位も疑問であった。日本軍は攻撃前日に艦隊が停泊中でマウイ沖にはおらず、空母は不在で水雷防御網は敷設されていないとの正確な情報を得ていた。攻撃発進前に当然計画を大幅修正すべき重要情報であったが適切な変更はされなかった。もし米軍が通常の警備態勢で対応していたら雷撃は完全な失敗であった可能性が極めて高い。

攻撃の評価


(1)淵田の照明弾の致命的な不手際
 照明弾を使って伝達する方法は考え抜かれていなかった。照明弾一発は奇襲成功、二発は奇襲不成功、即ち強襲と決められていた。淵田は奇襲成功と判断して照明弾を一発発射したが、戦闘機隊が反応しないように見えたので、見過ごしたと思いさらに一発発射した。雷撃機は奇襲成功と理解して直ちに降下して攻撃態勢に入ったが、一方急降下爆撃機は奇襲不成功(強襲)とみて攻撃を開始したために、同時に攻撃をかける結果となり混乱が生じた。

 雷撃機は低空を低速で接近するため敵が射撃態勢に入る前に攻撃することが絶対条件とされた。当日、真珠湾の軍艦はコンディション3の状態にあった。対空火器の二五%に臨戦態勢をとらせるものだったがロックされていた。淵田のミスにより発射ができるまでの時間が稼げた。警戒が殆ど解除状態に関わらず対空火器が応戦できるまでの時間は戦艦が五分、巡洋艦が四分、駆逐艦が七分で日本側の予想よりはるかに早い。最初の爆弾は最初の魚雷がユタに命中する二分前に着地したが、その数分前に戦艦群への攻撃は始まっていた。

 戦艦群を攻撃する雷撃機は砲火をもろに受けた。奇襲にも関わらず魚雷を発射する前から機関銃の弾雨を受けたと雷撃隊指揮官が述べている。時宜を得ない警告を米側に与えてしまったばかりに五機の雷撃機が失われ、発射する前に貴重な魚雷が無駄になり、十二機は効果的な攻撃ができなかった。