結局、韓国政府が「ナヌムの家」を相手にして日本との水面下の交渉を進めてきたということだ。だから、朱鐵基(ジュ・チョルギ)大統領外交安保首席補佐官が(2015年10月に韓国型FX戦闘機開発におけるアメリカからの技術移転問題で辞任するまでに)青瓦台から遠いナヌムの家まで何回にも足を運んだわけだ。朱氏は、青瓦台の「日本通」である李丙琪(イ・ビョンギ)大統領秘書室長(元駐日大使)の外務高等試験の2期先輩である。

 この「青瓦台―外務部―ナヌムの家」連携仮説を裏付ける証拠はまたある。両国外相の発表のあとに、2人の韓国外務次官がそれぞれ挺対協と「ナヌムの家」に「説得訪問」をおこなった。その際、挺対協で待っていた元慰安婦イ・ヨンス氏は、入ってくる事務次官に「お前はどの国の者か」となじりとがめた。そして日韓合意を受け入れないのは当然であると。他方、「ナヌムの家」では事務次官が割と和やかな雰囲気で受け入られ、合意は不十分だが政府がそこまで頑張ったので受け入れると、元慰安婦は発言した。同じ慰安婦なのに反応は正反対である。ここで大事なポイントは、80歳をすぎた元慰安婦の方々が本人の意思をいうのではなく、自分たちの面倒を見てくれる団体の意見を反映しているということだ。日本大使館前の少女像を動かしたら「国論が分裂」すると、ワシントンで活動する韓国系団体が言った。しかし、慰安婦のことでは、韓国の国論は当初から分裂していたのだ。

「右の反日」と「左の反日」


 韓国の近代化を成し遂げた主役は、朴槿恵現大統領の父である朴正煕と彼の路線を引き継げる人々である。この保守の人々は基本的に親日的価値観をもっている。ビジネスマンが集まったところにたびたびでるたとえ話で、「仮に日本列島にトルコが入っていたら韓国はいまどうなっただろか」である。そうした意味で「保守=親日」「革新=反日」という政治図式があった。右派と左派の人々が国家共同体を分占するのが現在の韓国の実態である。この左右分裂に地域対立と世代間の葛藤が加わり、韓国ではことごとに紛糾が起きている。

 しかし、歴史認識がかかわる事案では、左右を問わず反日に収斂している(正確には保守の人々があえて反論をいえない)のである。慰安婦、独島(竹島)、歴史教科書、そして最近に台頭した徴用工の問題である。こうした歴史問題の底辺に潜めている深層心理は、「既得権対非既得権」という意味での左右ではなく、歴史の上での敗北ということへの共通分母的「うらみ」である。では、そのうらみを構成する化学物質とはなんだろうか。それは、歴史を通して隣の(昔は劣勢だった)日本という民族に繰り替えし侵入され、1回も「仕返し」したことがないという羞恥心と、これからも永遠にそれができないという閉塞感であろう。

 歴史認識問題において保守と進歩の両世界に「普遍的」に働いたこのうらみのせいで、韓国の保守政権さえ「ゴール・ポスト」を勝手に動かせるというイメージを日本に与えた。保守性の濃い李明博元大統領の独島上陸や朴謹恵現大統領の「千年の恨み論」はその普遍性を語ってくれる。だから、実用主義を重視し、日韓関係の重要性を深く認識している両政権も歴史問題においては市民社会をリードすることができなく、うらみに呪縛された状態にいたといえる。