何のための妥協だったのか


 今回の合意に至る過程では、日本政府も重要な点で妥協を行っています。大事なのは、何のための妥協であったのかということです。

 最も一般的な解釈は、東アジア外交のためということでしょう。日韓関係を改善することは隣国との関係改善ということでそれだけで一定の価値がありますが、より大きくは日米韓の絆を再強化することにつながるという点でしょう。日韓関係の改善には日中関係の改善が効いていたことは明らかですので、日韓関係の改善によって今度は中国にプレッシャーがかかるという側面もあります。

 日本外交にとって一番の課題である中国とどのように向き合うかという点において、日韓関係の改善は明確な好材料です。日韓関係を改善する一番の戦略的な意味は韓国を中国の側に過度に追いやらないことですから、そのための妥協ということであれば十分な大義があります。
年頭の記者会見に臨む安倍晋三首相=1月4日午前、首相官邸(斎藤良雄撮影)
 二つ目の可能性は、内政上の目的をもった妥協であったという解釈です。安倍政権は、これまでも世論の雰囲気に巧みに対応してきました。安保法制の制定過程で右に寄りすぎたと思われたときには、首相の70年談話で中道に歩み寄り、支持率が回復基調にあるときには強硬策も押し通す。政策の微妙な立ち位置や言い回しを調整し、政策実施のタイミングもうまくコントロールしてきました。

 年明けには、ずっと先延ばしにしてきた国会が控えています。景気の先行きが不透明で、アベノミクスの効果に注目が集まる中で、不人気の消費増税と公明党に配慮した軽減税率を固めなければいけません。夏に控える参議院選挙は、政権にとっての終局的な政治目標と思われる憲法改正を進められるかを占うものです。言ってみれば、憲法改正を実現するための妥協ならば、そこに一定の意義はあるとの見方は可能でしょう。

 三つ目の可能性は、統治のための妥協であるという解釈です。つまり、長期政権を目指す安倍政権が権力維持のために行ったものであるということです。政権にとって権力維持はもちろん重要です。総理がコロコロ入れ替わる不安定な政治を経験してきた日本国民はその思いを強くしており、安倍政権の高支持率を支える根本的な理由となっています。しかし、本来的には政権維持は手段であって目的ではないはずです。

 慰安婦問題は人々の感情に訴える問題ではあるけれど、基本的には象徴性をめぐる問題でしかありません。そもそも70年以上前の過去に完結している事象の解釈をめぐる問題です。名誉を回復されるべき元慰安婦の方もご存命の方々はわずかです。したがって、基本的には誇りとプライドの問題であり、動員されなければならない国家資源も大きいものではありません。慰安婦問題にこだわってきたのは韓国ですから、相手にとって重要な問題に、一定程度誠実に対応することは悪いことではありませんが、その妥協に、血の滲むような苦しさはありません。

 言い方を変えれば、日本はもっと大きな問題に直面しているということです。追い詰められていると言っても良いかもしれません。経済は失速寸前でアベノミクスの勢いは消えつつあります。時間稼ぎをしている間に進めておくべき抜本的な経済改革は、実は、あまり進んでいません。日本の発展を支えてきた外交上の外部構造も崩壊しつつあります。

 繰り返しますが、今回の合意は正しい方向だと思っています。そのやり方も、ある意味あっぱれです。支持率も上がるでしょう。他方で、本格政権には成し遂げるべきことの期待値も上昇するという代償があります。今回の合意に至る妥協は何のためのものだったのか、この支持率を何に使うのか。それが単に統治のためということでないと思いたい。そんな疑念が湧いてくるのです。
(ブログ「山猫日記」より2015年12月29日分を転載)