あの独裁政権を破綻させたワシントンコンセンサスの出番

 残るは、中国自壊に対する国際金融社会の出方だ。習近平の体制延命策に手を貸すのは最悪である。では、どうすべきか。鍵を握るのは「ワシントンコンセンサス」である。

 それは、世界的に構造改革と金融市場自由化を促す見えざる連合体のことで、ワシントンに本部を持つ国際通貨基金(IMF)とニューヨーク・ウォール街出身者が牛耳る米財務省・米連邦準備制度理事会(FRB)が1990年代初旬に確立した。いかなる国であろうと市場原理を浸透させてグローバル金融市場に組み込む狙いがある。現在のワシントンコンセンサスの相手は北京である。

 東南アジア各国と韓国は90年代、ワシントンに誘導されるまま金融市場の自由化に踏み切ったが、投機資金の流入で不動産や金融市場がバブル化し、資金の逃避とともにバブル崩壊した。となるとIMFの出番だ。救済融資を受けるため、各国はIMFが突きつける急激な緊縮財政・金融引き締めおよび市場統制撤廃など自由化策の受け入れを余儀なくされる。

 98年1月、IMFのカムドシュ専務理事(当時)が見下ろす中で緊縮策に署名させられたスハルト大統領(同)の独裁政権はその後まもなく崩壊した。インドネシアの混乱を防ごうと奔走した日本政府や日本輸出入銀行(現在の国際協力銀行)はIMFに批判的だった。その輸銀幹部に対し、フィッシャーIMF副専務理事(当時、現在のFRB副議長)は「処方が間違ってもいいじゃないか。政治が変わったんだ」とうそぶいたと聞いた。新自由主義がもたらすショック療法は、金融グローバル化についていけない政治の無力化を白日の下にさらし、政治制度の変革につなげられるという一種のドクトリンであり、市場原理という名の破壊装置だ。今回は、共産党指令経済の中国にまで適用するかどうかが今後の焦点になる。

 中国は人民元をIMFの特別引き出し権(SDR)構成通貨にしようと、IMFと米財務省に強く働き掛けている。これに対し、ワシントンは、金融市場の門戸開放など自由化と人民元改革を認定条件としてほのめかしているが、どこまで本気かは定かではない。

 習近平政権の厳しい市場統制や元相場の管理強化など、もはや元は「自由利用可能な通貨」というSDRの条件に合わないはずだが、IMFはソフトムードだ。スタッフレベルでは、今年末までに北京が金融市場自由化や元の実質的な変動相場制移行の計画を示せば、元を来年9月からSDR通貨に認定してもよい、というシグナルを送っている。実際には、今後の北京とワシントンの間のトップレベルでの駆け引きで決着するだろう。

 大幅な金融自由化に踏み切ると、中国の株式や通貨市場はヘッジファンドに翻弄されて、98年のインドネシアの二の舞いになるかもしれないという警戒心は北京にある。だが、年内設立予定のアジアインフラ投資銀行(AIIB)で「国際通貨元」を利用したい。習近平政権としては、できる限り小出しの自由化・改革でIMFから妥協を引き出し、SDR構成通貨に元を組み込ませたいところだろう。

 IMFのラガルド専務理事は北京に前のめりで知られ、「元のSDR通貨化は時間の問題」という持論である。IMFがここで生半可な変動幅拡大でよしとするようだと、習近平政権は現行路線を変えず、「国際通貨・元」を武器に政治経済、軍事両面で増長し、チャイナリスクをますます世界にまき散らすだろう。

 北京に弱腰と評判のオバマ政権も中国の粗暴極まる海洋侵攻と度重なるサイバー攻撃に直面し、対中強硬路線に転じつつある。ウォール街のほうは、上海株暴落を機に金融市場自由化と元の変動相場制移行に伴う利益機会に着目し始めた。安倍政権はこの際、これまでの中国への米国の金融・人民元制度容認路線こそが中国脅威を醸成してきたという観点をオバマ大統領に提起し、かつてインドネシア・スハルト政権にとったような改革・自由化路線=ワシントンコンセンサスで、IMFが対中政策を一貫させるよう迫るべきだ。何よりも、中国の崩壊・分裂よりも、党体制温存こそが世界の脅威なのであるという認識の共有が重要だ。

たむら・ひでお 昭和21(1946)年生まれ。早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞社に入社し、ワシントン特派員、米アジア財団上級フェロー、香港支局長などを歴任。平成18年に産経新聞社に移籍し、編集委員、論説委員を兼務する。著書に『アベノミクスを殺す消費増税』(飛鳥新社)、『人民元の正体』(マガジンランド)など多数。