人民元帝国誕生で軍拡も加速


 米英の国際金融資本にとって中国はグローバル金融市場の中の巨大なフロンティアである。小出しでも中国の金融市場の対外開放や自由化は、米金融界にとって中国市場でのシェア拡大を有利に進められる。北京は特定の米金融大手を一本釣りにして特権を与えるからだ。ゴールドマン・サックス、シティグループなどは江沢民政権時代以来、とっくに党中央と気脈が通じあっている。ニューヨーク・ウォール街代表者が政権中枢を担うオバマ政権では、グローバル金融市場に中国の元金融を取り込むことが国益とみなされるだろうし、元そのものが脅威となる日本と利害が微妙に異なる。

日中財務対話のフォトセッションを終え、握手を交わす中国の
楼継偉財政相(中央左)と麻生財務相
=2015年6月6日、北京の釣魚台迎賓館(共同)
 中国の対外貿易規模は日本のそれの3倍以上であり、すでにアジアでの元建て貿易は円建てを超えている。中国は「国際通貨」元を振りかざしながら、アジア全域を元経済圏に塗り替えるだろう。日本の銀行や企業は元金融や元建て決済を認可してもらうために、北京の顔色をうかがうしかない。それは、日本外交の手足を縛る。すでに金融界は浮き足立ち、「中国嫌い」で評判の麻生太郎財務相ですら、中国側に東京に元決済センター設置を要望する始末だ。中国との通貨スワップに頼る韓国はますます北京に頭が上がらなくなる。

 国際通貨ともなれば、中国は刷った元で戦略物資やハイテク兵器を入手できるようになり、軍拡は一層進む。

これでは日本は立ち上がれぬ 危機意識なき財務官僚たち


 日本としての今後とるべき策は、何が何でも元の完全自由変動相場制移行と資本市場の全面自由化を早期に実行させることだ。国境を越える資本移動の自由化は、外国資本や金融機関による対中証券投資や融資の制限の撤廃、さらに中国市場からの引き上げを自由にすることを意味する。元の自由変動相場制は、元の対ドルや対円相場の変動を自由にし、中国当局による市場介入や管理を取り払う。

 中国が元を乱発すれば、元相場は暴落不安が起き、中国からの資本逃避が起きる恐れがある。SDR通貨として認定されても、通貨の国際的な信認は国内の政策次第で失われる。そんな懸念から、北京は金融や財政政策で自制せざるをえなくなる。つまり、市場のチェック機能を持たせることで、元の暴走にブレーキをかけられる。党による市場統制力は次第に弱まるだろう。

 考えてみれば、これまでの中国の人民元管理変動相場制は中国のとめどない膨張を支えてきた。管理変動相場制のもとでは、自由変動相場制とは全く異なって、対ドル相場は人為的に安定させられる。

 元の安定を背景に、中国にはこれまで順調に外資が流入し、その外資の量に応じて中国人民銀行は元を刷り増しし、国有商業銀行、国有企業、地方政府に資金を流し込んで、不動産開発を進めて、投資主導による高度成長を達成した。国有企業は増産しては輸出を増やしてきた。ところが、不動産投資も国有企業の増産投資も過剰となり、景気は急降下し、地方政府や国有企業の債務は膨張を続けている。鉄鋼などの過剰生産は、安値での輸出攻勢を引き起こす。半面で、鉄鉱石など一次産品の国際商品市況は急落し、産出国経済を直撃している。市場需給を無視した党主導による金融は世界経済不安の元凶になっているのだ。

 来年は米大統領選挙だ。日本としては米国のまともな勢力と組み、元の変動相場制移行と金融自由化の早期実行を北京に迫るしかない。仮に北京が為替や金融の自由化を約束したところで、実行するはずはない。

 何しろ中国の国際ルール無視ぶりは目に余る。中国は2001年末、難交渉のうえに世界貿易機関(WTO)に加盟したが、ダンピング輸出、知的財産権無視などが横行している。国内総生産(GDP)統計は偽装の産物だというのが国際常識だ。外交・軍事では南シナ海の砂地埋め立てと軍事拠点化、絶え間のない外国に対するサイバー攻撃と、あげればきりがない。人権の尊重、言論・表現の自由は、自由で公正な金融市場ルールの下地のはずだが、党中央にはその意識のかけらもない。

 米国とはそれでも、日本の危機意識を共有できる余地はある。正式候補に決まるとは限らないが、民主党のヒラリー氏はウォール街に批判的で対中警戒派だし、共和党のトランプ氏は「大統領になれば、中国を為替操作国として罰する」と息巻いている。日本として、元のSDR化で習近平政権は軍事を含む対外膨張路線をひた走るだろう、と伝えるべきだ。

 問題は通貨・金融を自省の専管事項とする財務官僚だ。IMFにおいて中国のSDR通貨工作のなすがままにした。そればかりか、IMFで精を出しているのは、消費税増税をIMFに対日勧告させて安倍晋三政権を予定通りの増税に追い込む根回しだ。語るに落ちる裏切りぶりである。

たむら・ひでお 昭和21(1946)年生まれ。早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞社に入社し、ワシントン特派員、米アジア財団上級フェロー、香港支局長などを歴任。平成18年に産経新聞社に移籍し、編集委員、論説委員を兼務する。著書に『アベノミクスを殺す消費増税』(飛鳥新社)、『人民元の正体』(マガジンランド)など多数。