まだ「普通の国」の半分以下

 続けて記事の指摘を借りよう。《「普通の国」の半分》との見出しを掲げ、こう報じた。

《英国やオーストラリアといった米国の他の同盟国と比べれば、「普通の国」にはなお遠いとの指摘もある。/新法制で集団的自衛権を行使するには、日本の存立が脅かされるなど3条件を満たす必要がある。安倍晋三首相は、武力行使を目的に他国の領土へ自衛隊を派遣することは憲法違反で、中東のホルムズ海峡での掃海を除いて想定できないと説明。イスラム国への空爆に参加することはないと繰り返してきた》

 こんなにショボいのに、どこが「戦争法案」なのか。なにが「大転換」なのか。記事で豪ニューサウスウェールズ大学のアラン・デュポン教授がこう語る。

「これまで(普通の国の)25%だったものが倍増して50%になり、海外に自衛隊を派遣する柔軟性と能力が増す。しかし『業界標準』からすれば、まだ50%足りない」

 法制公布後のいまも、日本は「普通の国」になっていない。国際標準からみれば、まさに中途半端な法整備となった。記事は今年訪米した日本人のコメントも掲げた。アメリカで法案はどう受け止められたのか。

米軍のF16、韓国軍のF15両戦闘機とともに在韓米軍基地のある韓国・烏山上空を通過する、核ミサイルが搭載可能なB52戦略爆撃機。米太平洋軍は「北朝鮮への対抗措置」であることを明示した =1月10日(共同)
米軍のF16、韓国軍のF15両戦闘機とともに在韓米軍基地のある韓国・烏山上空を通過する、核ミサイルが搭載可能なB52戦略爆撃機(共同)
「国際法上、米国と同等な集団的自衛権を行使できるのではないかと誤解している専門家がいた」(森本敏・元防衛相)

「日本と米国の間で認識のギャップがある。実際にできることの間にギャップがあるので、摩擦が起きるのではないかと思う」(川上高司・拓殖大学教授)

 私もそう指摘してきたが、護憲派マスコミはスルーした。代わりに大学生の絶叫やタレント文化人の感情論を報じた。元々「切れ目のない安全保障法制の整備」(昨年七月の閣議決定の標題)だったのに、結局「切れ目」が残った。日米同盟の信頼性を担保するための法整備だったのに、かえって米国の「誤解」を招き、日米間の「摩擦」を生んだ。中途半端どころか、本末転倒とも評し得よう。

 しかも、以上の話には続きがある。右記事が出た九月十六日、自由民主党と公明党の連立与党に加え、日本を元気にする会、次世代の党及び新党改革の野党3党を含む5党が「平和安全法制について」合意した。これにより、法制の「切れ目」がさらに拡大した。

 合意は単なる口約束ではない。翌十七日の参議院特別委員会で、合意が附帯決議として議決され、十九日の参議院本会議で可決成立した。加えて「政府は、本法律の施行に当たっては(中略)合意の趣旨を尊重し、適切に対処する」と閣議決定された。

 護憲派が「憲法違反の戦争法案」と騒いだ「集団的自衛権」はこう合意された。

「存立危機事態に該当するが、武力攻撃事態等に該当しない例外的な場合における防衛出動の国会承認については、例外なく事前承認を求めること」

 同時に、合意文書は「存立危機事態と武力攻撃事態等が重ならない場合は、極めて例外である」とも明記した。

 ホルムズ海峡封鎖(に伴う機雷除去)を想定すれば、話は分かりやすい。このケースは言わば、純然たる「存立危機事態」(集団的自衛権)である。朝鮮半島有事のような、それが存立危機事態にも「武力攻撃事態等」(個別的自衛権)にもなり得る一般的なケースとは違い、「極めて例外」的である。

 つまり、護憲派メディアは「極めて例外」的なケースを繰り返し取り上げ「憲法違反の戦争法案」と大騒ぎしてきたわけである。あえて百歩譲って「集団的自衛権」の行使に、なんらか法的な問題があるとしても、土壇場の与野党合意で「例外なく事前承認を求めること」になった以上、もはや「戦争法案」でも何でもない。