核抑止論に決定版なし

 ウォルツが論じたのはだいたい次のようにまとめることができる。

 まず、核攻撃を受けたなら報復核で反撃する用意があれば先制核攻撃を抑止できる。また、たとえ中位国であっても核保有国は偶発による発射や非正規の使用を制御できる。したがって、核保有は抑止力を高めるだけだから、緩慢な核拡散は世界の安定に寄与するというのだ。

 これに対してセイガンは次のように批判した。まず、ウォルツは中位国が核兵器を開発する間に攻撃は受けないと前提しているが、これはおかしい。また、核で報復すれば最初の攻撃国が耐えられない打撃を受けるとしているが、その保証はどこにもない。さらに、ウォルツは偶発的で非正規な攻撃は制止できるとしているが、それは信用できない。

 こうした論争のなかで、ウォルツはセイガンの議論を「悪いことが起こると思うと起こる」という「マーフィーの法則」の信者のようだと揶揄し、セイガンはウォルツの議論には組織の特質が合理的判断を狂わせるという組織論的視点が、まるでないと批判した。

 この論争はたいへん面白いのでなぜ翻訳がでないのか不思議だが、おおざっぱにいえばウォルツは国家を「ユニット」と呼び、世界の構造を作りあげているユニットは合理的な判断が下せると前提するのに対して、セイガンは政治・軍事組織には必ず非合理が紛れ込むと考える。

 ウォルツはグレアム・アリソンがキューバ危機について『決断の本質』(中央公論社)を書いて評判になったときも鋭く批判した(『国際関係の理論』マグロウヒル社)。この本はベイジル・リデルハートの『戦略論』(原書房)と並んで経営学者の野中郁次郎氏たちによる『失敗の本質』(中公文庫)に影響をあたえているのでご存じの方も多いだろう。

 アリソンはキューバ危機を米ソ双方の理性的な「合理的要素」、組織の軋轢という意味の「組織的要素」、双方の首脳の駆け引きという意味での「政治的要素」という三つの視点を移動させつつ総合的に論じようとした。しかし、ウォルツにいわせれば理論と呼べるのは合理的要素のレベルだけであって、あとの二つは理論ではないと手厳しく批判した。たとえば、組織的要素を持ち出すのは市場メカニズムを論じているときに会社経営の話をしてしまうようなものだというのである。

 ここで念のために断っておくと、膨大な核理論をすべて紹介するわけにはいかないので、日本にとって切実と思われる中位国による核理論にしぼって述べている。仮に日本が核武装を検討するにしても、米露のような超大国型核武装はしないというのが前提である。

 日本の核武装論者のなかで、日本が核武装すべきであり、できることなら独自核の開発を行なうべきだと考える者は、八〇年代にはガロアとボーフルの理論を取り上げ、九〇年代以降にはウォルツの洗練された理論に依拠する傾向が強かった。

 それは理解できることだろう。軍事的に中位国である日本が核保有を正当化するには、単に独立国には核保有の権利があるというだけでは説得力に欠ける。ボーフルのように日本が核武装をすれば同盟国の負担が減ると論じ、あるいはウォルツのように核保有国が増えれば国際社会は安定すると主張すれば、諸外国を説得しやすいからである。

 ただし、気をつけねばならないのは、ウォルツはその論理的思考の鋭さからか、理論できれいに割り切れることを好む傾向がある。それはウォルツを尊敬するミアシャイマーですら、著作『大国の悲劇』(W・Wノートン&カンパニー)の注記でウォルツの『国際関係の理論』に見られる理論経済学的思考を批判していることからも推測できるだろう。

 ウォルツとセイガンの論争は、インドとパキスタンという核保有国どうしの衝突であるカルギル紛争についても行われた。セイガンはあくまでも歴史事実にこだわって細かく論じ、お互いに核を保有していても、戦争を阻止できなかったではないかと指摘した。

 これに対してウォルツは、カルギル紛争は千数百人の犠牲ですんだのに、これを戦争だというセイガンは戦争の定義を変えたのかとジャブを繰り出しながら、パキスタンが攻撃を始めたときも抑制が効いており、インドが反撃にでようとしたときにはパキスタンの核抑止が働いて戦争には発展していないと断じた(『核兵器の拡散』第二版)。

 もちろん、イラン問題においてもふたりは何の理論的変更もなく、それぞれのスタンスで論じた。二〇〇六年にセイガンは『フォーリン・アフェアーズ』誌に「いかにしてイランからの核爆弾を防ぐか」を寄稿してこれまでの核紛争を並べ立てた。これに対して二〇一三年、同誌にウォルツが「なぜイランは核兵器を持つべきか」を書いて、核抑止の理論は健在であり、インド・パキスタン紛争は「核保有国どうしの紛争はフル・スケールの戦争に発展しない」よい事例だと論じている。