それ以来、そのかわりに沢山の笑顔が生まれたという。礼夢君の耳の障害は聴力だけではなかった。歩行の発達にも大きな影響があった。三半規管に影響があるため、体のバランスを取るのが難しいのだ。歩けるようになったことには2才を過ぎていた。2008年から聾学校に通い親子で手話を学んだ。今井氏にとってもゼロからの手話の勉強だった。親子で手話を学ぶことこそが親子のコミュニケーションを取る唯一の方法だった。その後今井氏は再びSPEEDとして歌い始める決意をした。それは礼夢君に歌を聞かせるためである。音の聞こえない礼夢君だが彼女が歌っているときには楽しそうない表情をしているという。彼女が子育てを通して学んだ座右の銘があるという。その言葉は『焦らず、比べず、諦めず』という。また、記者会見の最後に彼女が語った言葉は、沖縄でよく使われる言葉だが一味違う。

今井氏:「私の好きな言葉で『なんくるないさ』という言葉があります。それを皆さん、ちょっと誤解しているかもしれないんですけれども、これは『頑張れば何とかなるよ、乗り越えられるよ』という意味です。そういう沖縄の精神というのも沖縄の魅力の一つだと思っています」
礼夢君との親子物語を描いたコミック&フォトエッセー「おやこ劇場」の発売記念イベントを行った今井絵理子=2011年4月17日
礼夢君との親子物語を描いたコミック&フォトエッセー「おやこ劇場」の発売記念イベントを行った今井絵理子=2011年4月17日

自公選挙協力への影響に動揺する沖縄自民党県連


 報道では、今井氏と参議院選挙沖縄選挙区から出馬する島尻安伊子氏との連携を想定しているとのことである。つまり、今井氏の知名度を島尻氏の集票力につなげるということである。自民党本部による今井氏の擁立は沖縄の選挙は絶対に落としてはならないという決意が見える。そうであるなら、今井氏には6月に県議会議員選挙が控えている沖縄には応援演説に入ってもらい、そのまま勢いをつけて夏の参議院選挙に突入する作戦があっても良いような気がする。しかし、現場の自民党県連では具体的な話は全く決まっていない。実は今井氏の擁立は自民党本部主導で行われており、自民党県連の関係者もニュース報道で初めて知ったということである。

 単純に考えれば、今井氏にどんどん沖縄に入ってもらえれば、「オール沖縄」体制を崩すことができるような気がするが、現実はそう単純ではない。その足かせになっているのは自公選挙協力体制である。先月の宜野湾市長選挙では、2014年の名護市長選挙以来ギクシャクしていた自公選挙協力体制が再び強固なものに戻った。佐喜真市長が再選を果たしたのは様々な勝因があるが、公明党の組織を上げての応援は6000票近い差をつけての圧勝に大きく貢献したことは間違いない。ところが、今井氏が全国比例区に出馬し、沖縄に応援に入った場合は、これまでの「選挙区は自民、比例は公明」というセット戦術を組んだとしても自民党の票は今井氏に流れてしまうのである。これには公明党が不快感を表している。この警戒感を払拭しないことには、自民党は参議院選挙において、宜野湾市長選挙と同じような公明党の応援をもらう事が難しくなってしまう。そのため、自民党関係者でも今井氏の沖縄入りに難色を示す人は多い。党本部と県連の調整もこれからというところのようである。