また、番組で文氏の「人間的な」兵隊との交流に全く触れていないのは不自然だ。文氏をことさら「かわいそうな被害者」としてだけ描いており、本にあるような人間性や女性としての逞しさ、明るさは番組からは全く感じられないのである。

 番組では、元日本兵や軍関係者も証言者として登場する。 「九州の兵隊は慰安婦がいないと元気が出ない」 「(慰安所は)日本にもあった特殊飲食店の一環。悪いとは思わない」 「女は消耗品だから助けなくていいと言われた」

 その後、さらに二人の慰安婦が登場。韓国・城南市の沈美子氏の証言。 「日本地図に刺繍しろと言われ、朝顔の刺繍を入れたら『桜を入れろ』と叱られ、日本の警察に焼きゴテを当てられた。気を失っている間に連行され、気がつくと福岡にいて、その後、『七番』と番号で呼ばれる慰安婦になった。先生になりたかったが日本に踏みにじられた」

 ハルモニ食堂を経営する黄錦周氏。 「勤労挺身隊として紡績工場に行くのだと思ったら、樺太に着くなり服を脱げと急に言われた」

封印された記憶


 そして文氏が市民グループの手引きで来日し、集会で証言をする場面が流れる。 「大日本帝国国民となります、と言わされたのに、この仕打ちは酷い」

 この発言には驚いた。番組制作側は、「大日本帝国=悪」だとしてこの発言を削らなかったのだろう。だが文氏の本の記述を読むと、また別の思いを感じ取る。 〈戦地の軍人たちの思いと、わたしたちの思いとは同じだった。ここに来たからには、妻も子も命も捨てて天皇陛下のために働かねばならない、と。わたしはその人たちの心持ちがわかるから、一生懸命に慰めて、それらを紛らしてあげるよう話をしたものだった〉(『同』)

 番組内の元軍人の証言でも、慰安婦とのこんなやりとりが語られる。 「(軍が引き揚げるとき)慰安婦たちは『連れて行って下さい』と言っていた。『途中でお金が必要になったら、私たちがたくさん持っています』と言って、もう三文の値打ちもない軍票を見せていた。『死ぬ時は一緒に死にます』と泣きつかれて……」

 涙を拭う元軍人。

 この二つの場面には胸を打たれた。軍人と慰安婦の間には、戦地特有の一体感さえも生まれていたことになる。「戦地」に置かれた女性と男性の、悲しい「同志の心」だったのだろう。だが、いまや、それは日韓双方で語られることはなくなってしまった。
日本大使館前で慰安婦像を囲み、慰安婦問題での日韓の最終合意に抗議する元慰安婦や支持団体のメンバーら=2015年12月30日、ソウル(名村隆寛撮影)
 彼女たちの真の歴史を奪ったのは挺対協だけではない。朝日新聞などが「強制連行」を強調して報じたことにより、慰安婦になった本当の経緯や、戦地で生まれていた軍人と慰安婦の関係についての真相は「反日」の幕で覆い隠されてしまった。彼女らの真の証言を、朝日新聞や挺対協が封殺したと言っていいだろう。

 もはや、元慰安婦たちが「あの頃、日本の軍人さんとどのような関係にあったか」「どんな雰囲気だったか」を率直に話すことはできまい。特に韓国では、「親日売国奴」の汚名を着せられかねない。

 真の和解のための“よすが”になりえた共通体験だが、可能性は潰されてしまった。そして、「戦地でたしかに存在していた慰安婦と軍人の関係」は歴史の狭間に葬り去られることになる。