「母に楽をさせたい」


 その後、番組は文氏が支援者に付き添われて下関郵便局を訪れ、野戦郵便局から貯金していたお金を返してほしい、と交渉する場面が流れる。日韓協定で決着がついている以上、日本側から個人にお金を払うことはできない、と断られるが、諦められない文氏の表情が大写しになる。

 慰安婦が性奴隷ではなく、「高収入の売春婦」だった証として「慰安婦の収入明細」のように紹介される「文原玉珠」名義の貯金通帳明細は、この文氏のものだ。政府の調査でこの記録が出てきたのだが、たしかに文氏は二万六千円もの貯金をしている。当時の二万円は、現在の六千万円相当とも言われる(ただし戦地のインフレ率や軍票との関係により諸説ある)。

 文氏は、本にこう書いている。 〈事務を仕事にしている軍人に、わたしも貯金できるか尋ねると、もちろんできる、という。兵隊たちも全員、給料を野戦郵便局で貯金していることをわたしは知っていた〉 〈どんなに働いても貧しい暮らしから抜け出すことができなかったわたしに、こんな大金が貯金できるなんて信じられないことだ。千円あれば大邱に小さな家が一軒買える。母に少しは楽をさせてあげられる。晴れがましくて、本当にうれしかった。貯金通帳はわたしの宝物となった〉(『同』)

 貧しさのなかにあった文氏が、こつこつ貯めた財産だ。それが戻らないのは気の毒ではある。「カネをもらっていたのだから奴隷であるはずがない」という主張はたしかにそのとおりだが、結果として「母を思いながら、春をひさいで貯めたお金が手元に残らなかった」恨み、悲しみに寄り添う必要はあろう。

 だが番組内でも説明があるように、補償関係はすべて日韓協定で「解決済み」となっているのである。

 個人補償よりも国家の発展を選んだのは韓国政府である。もちろん、その国家の発展の恩恵を文氏も少なからず受けてはいるだろうが、やり場のない怒りがすべて日本に向いてしまっているのは、日本にとっても文氏にとっても不幸なことである。

 一生懸命働いたのに、お金が残らなかった。母に楽をさせてあげられなかった……彼女にそんな思いがあったのだろう。その思いを「運動」のために利用した人々がいる。

 女性たちの思いに報いようとしたのが、アジア女性基金だった。少しでも元慰安婦たちの心に寄り添い、生活を支援しようとした動きだったが、韓国側運動団体はこれに激しく反発。元慰安婦の女性たちに受け取りを拒否するよう圧力をかけた。

 いまでこそ取り組みを評価している朝日新聞も、当時は韓国側の空気を慮ってか、この取り組みを必ずしも支持しなかった。彼女たちが「恨みを残したまま死ぬ」ように仕向けたのは誰だったのか。